Hanacell

深まる金融危機と政府の無力

米国の金融危機は欧州にも飛び火し、その炎は猛烈な勢いで広がり始めた。特にドイツ政府が10月5日に「万一、銀行が倒産した場合、個人預金は政府が全額保証する」という異例の措置を発表したことは、金融市場がいかに不安定になっているかを浮き彫りにした。

政府を戦後初の措置に踏み切らせたのは、ミュンヘンの大手不動産融資銀行ヒポ・リアル・エステート(HRE)が、アイルランドの子会社がサブプライム関連投資で巨額の損失を出したために破たん寸前になったことだ。HREが倒産した場合、他の金融機関にも損失が広がり、連鎖倒産が起こる可能性がある。このためドイツ政府と民間銀行団は9月末に、350億ユーロ(約4兆9000億円)をHREに注入する救済策をまとめた。

ところが、HREの損失は当初の予想を上回ることが判明し、この融資額では足りないことがわかった。HRE支援を拒否する銀行も現れた。救済策がご破算になったため、市民が銀行の倒産を恐れて現金を引き出そうとする危険が生じた。取り付け騒ぎを防ぐために、政府は個人預金を無制限に保証するという「伝家の宝刀」を抜いたのだ。

10月6日に政府と民間銀行団はHREへの融資額を500億ユーロ(約7兆円)に引き上げ、事態の沈静化に必死だ。この額は、1年以上前にサブプライム関連投資で破たんしそうになったドイツ産業銀行IKBに投じられた救済資金の5倍。時が経つにつれて、金融危機が深刻化していることを示している。10月上旬の時点では、ドイツだけでなく、日本や米国の株式市場でも金融関連銘柄を中心に株価が暴落している。マーケットは投資家からの信用を失ったのだ。

私が懸念しているのは、政府が金融市場の実態をよく理解していないために、対応が後手に回っていることだ。たとえばドイツ連邦銀行のヴェーバー総裁は、9月上旬に米国でリーマン・ブラザースが倒産した時、テレビに出演して「ドイツの金融システムは健全であり、全く不安はない」と断言していた。ところがそのわずか2週間後には、HREの経営が行き詰まり、金融システム全体が深刻な危機にさらされた。つまり、連銀総裁という要職にある人物ですら、サブプライム危機が多くの金融機関の資産内容を腐らせていることを理解していなかったのだ。いわんや政治家や財務官僚たちの中に、事態の深刻さに気づいていない人が多いのも無理はない。

国際通貨基金(IMF)が10月7日に発表した報告書によると、サブプライム危機によって世界中の金融機関が受ける損失は、1兆4000億ドル(約140兆円)に達する見通しだ。IMFは「危機はまだ峠を越えていない」と警告している。これからもドイツだけでなく欧州各国で、金融機関が破たんの瀬戸際に追い込まれる可能性がある。

政府は野宿しているホームレスは助けないが、大きな経営ミスを犯してつぶれそうになった民間企業は、何百億ユーロもの国民の血税を投じて倒産から救う。システム崩壊を防ぐためには止むを得ないとはいえ、こうした税金の使い方に憤慨する人も多いだろう。政府は銀行を救うだけでなく、経営者の責任もきちんと追及してほしい。

17 Oktober 2008 Nr. 736

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
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