ドイツのフリードリヒ・メルツ首相はミュンヘン安全保障会議(MSC)での演説で、欧州の経済力と軍事力を強化し、米国のドナルド・トランプ政権とは一線を画すという態度を打ち出した。
3月3日、米国のホワイトハウスで会談したメルツ首相とトランプ大統領
米国とイスラエルが2月28日にイラン攻撃を開始した。イランはイスラエルだけではなく米軍基地がある湾岸諸国に対しても、ミサイルやドローンで報復攻撃を実施。中東全体を巻き込んだ紛争に発展する可能性もある。世界中で原油や天然ガスなどの価格が高騰し、エネルギー危機の懸念が強まっている。イランでは女学校の生徒たちなど約1500人が空爆のために死亡したほか、イスラエルや湾岸諸国でも約50人が犠牲になった。
ホルムズ海峡封鎖という最悪のシナリオ
ドナルド・トランプ米大統領の発言は頻繁に変わり、苛立ちが感じられる。最高指導者アリ・ハメネイ師や多数の政府幹部の殺害にもかかわらず、イランの政権は崩壊せず、周辺諸国への攻撃を繰り返している。
さらにイランは世界の原油の約20%が通過するホルムズ海峡を、事実上封鎖した。これは多くのエネルギー関係者が最悪のシナリオと考えていた事態である。トランプ氏は3月22日、「イランが48時間以内にホルムズ海峡を完全に航行可能にしない場合には、イランの発電所などを破壊する」と発表したが、翌日には「交渉が進展しているので、攻撃を5日間延期する」と発表した。
メルツ首相は戦争継続中の支援を拒絶
トランプ氏はドイツなど欧州の同盟国に対しても怒りをあらわにしている。その理由は、トランプ大統領が「ホルムズ海峡での船舶の安全な航行を保証するための作戦に、同盟国の支援を望む」と発言した際に、北大西洋条約機構(NATO)加盟国が戦争継続中の支援を拒んだからだ。
ドイツのフリードリヒ・メルツ首相は3月17日にベルリンでの記者会見で、戦争継続中にホルムズ海峡で支援措置を行うことを拒絶した。彼は「われわれは戦闘が続いている間に、ホルムズ海峡での船舶護衛などの任務に参加しない。そのような作戦には、NATO、EU(欧州連合)か国連の委託が必要だが、ドイツはそのような委託を受けていない」と述べた。
さらにメルツ氏は、「米国政府は、ホルムズ海峡での船舶護衛を成功させるための計画もわれわれに知らせていない。米国とイスラエルは開戦前にわれわれに相談して意見を聞かなかった」と不快感を表明し、「イラン戦争はドイツの戦争ではない」と述べた。
首相は、ロシアを利する米国の政策にも強く反発した。トランプ政権は原油価格を抑えるために、3月13日に、対ロシア制裁措置を部分的に緩和し、30日間にわたり、すでに洋上で輸送されているロシアの原油については購入を許した。これもドイツにとっては寝耳に水だった。メルツ氏は「対ロシア制裁の緩和は、誤りだ」と批判した。
メルツ首相のイラン戦争をめぐる態度は、一貫性を欠いている。彼は米国が開戦した直後には、「イランの核兵器開発を食い止めなくてはならない」と述べ、トランプ政権の奇襲攻撃に対して一定の理解を示した。
これまでトランプ氏とメルツ氏は、比較的良好な関係を保っていた。それだけにトランプ氏は、ホルムズ海峡での護衛作戦をめぐって、メルツ氏がきっぱりと援助要請を断ったことにより、「裏切られた」と感じたに違いない。
トランプ氏は「われわれは多額の金を支出して欧州を守っている。それなのに、われわれが助けを必要とする時に、NATOは助けてくれない」と怒りを爆発させた。彼は「欧州の国々がわれわれの要請に応えないとしたら、NATOの将来にとっては悪い結果を生むだろう。愚かな決定だ」と述べ欧州諸国を強く非難した。
欧州諸国にとっては、トランプ氏が米国をNATOから脱退させたり、欧州に駐留させている米軍兵力を大幅に減らしたり、ウクライナに対する援助を停止したりすることは、最悪のシナリオだ。トランプ氏は1期目に欧州の防衛支出が不十分だとして、NATOからの脱退を考慮したことがある。このためメルツ首相も3月18日には、「戦争が終わった後に、ホルムズ海峡での安全な航行を保証するための作戦に貢献することを検討する準備がある」と発言し、米国に歩み寄る姿勢を示した。
化学業界で募る不安
ドイツにとって最大の懸念は、戦争とホルムズ海峡の封鎖が長期化して、原油や天然ガス、化学製品の原料価格が高騰することだ。ドイツ化学工業会(VCI)のヴォルフガング・グローセ・エントルップ専務理事は3月13日に、「イラン戦争で不確定要素が増えたために、2026年の業績を予想できない。会員企業の間で、一部の原料の入手が困難になり始めた」と語った。エントルップ氏は、「国際的なサプライチェーンが停滞し始めた」と言う。
ドイツの化学業界の業績は、ロシアがウクライナに侵攻した2022年以来低迷している。VCIによると、2025年第4四半期の化学業界の売上額は前年同期比で2.8%減少し、生産額も2.9%減った。イラン戦争が長期化した場合、さらに悪化する可能性もある。
国際エネルギー機関(IEA)のファティ・ビロル事務局長は、3月23日、「イラン戦争は人類が経験する最悪のエネルギー危機になる可能性がある。多くの政治家が、そのことを理解していない」と指摘した。さらに「イラン戦争によって、供給が減っている原油や天然ガスは、1973年と1979年の石油危機、2022年のガス危機での減少量をすでに上回っている」と警告。同氏は自動車の最高速度の制限、航空機の使用の縮小、在宅勤務の増加など、石油消費を減らす努力が必要だと主張した。今後の展開によっては、メルツ政権が2026年のGDP(国内総生産)成長率予測(1%)の下方修正を迫られる可能性もある。



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