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オバマとドイツが歩む道

米国のオバマ大統領が4月上旬、NATO(北大西洋条約機構)創立60周年記念式典などに参加するために、就任後初めてドイツやフランスなどを歴訪した。初々しい指導者はバーデン・バーデンでも市民の暖かい歓迎を受け、ドイツ人からも大きな期待を寄せられていることを印象づけた。

オバマ氏の言葉には、前任者のブッシュ氏がイラク戦争や対テロ戦争をめぐる議論によって、米国とヨーロッパの間に深めた亀裂を埋めようという姿勢がにじみ出ている。新大統領は米国が一方的に決めたことに従うようEU諸国に求めるのではなく、「ヨーロッパの人々の言葉に耳を傾ける」という態度を強調した。2001年の同時多発テロ以降、長い間米国の指導者から聞いたことがない言葉である。

ほかにもオバマ氏は、ヨーロッパ人の耳に快く響く発言を行っている。プラハで発表した軍縮に関するビジョンはその例だ。彼はロシアとの間で戦略核兵器の削減交渉を開始することなどによって、世界中の核兵器の数を大幅に減らす方針を打ち出し、ヨーロッパ人の注目を集めた。米ソ冷戦時代に米軍は、ドイツに100発近い核砲弾や核爆弾を保有していた。現在は大幅に減っているが、市民団体などはラインラント=プファルツ州のビュッヘル基地にまだ約20発の戦術核が残っていると見ている。ドイツ人からは、これらの核兵器を完全に撤去するよう求める声が上がるだろう。

また、オバマ氏が「温暖化防止に対する米国の態度は、これまで十分ではなかった」と述べ、今後は環境保護に力を入れると明言したことも、ドイツ人に感銘を与えたに違いない。

今年2月にミュンヘンで開かれた安全保障会議で、ドイツ政府関係者は「オバマ政権とは協調的な関係を築けるかもしれない」という印象を得ていたが、同氏のヨーロッパ歴訪はその印象をより強固なものにした。

オバマ氏が対ヨーロッパ政策をブッシュ氏とは180度異なる方向に変えたのは、彼がいま直面している難題を単独では解決できないからだ。例えばグローバル経済危機への対応には、EUとの緊密な連携が不可欠だ。アフガニスタンでは抵抗勢力による駐留軍への攻撃の頻度が増えており、オバマ政権はヨーロッパ諸国の協力を得て同国の安定度を高めたい意向である。米国はドイツなどのEU主要国に対して、軍事・民生の両面でアフガニスタンへの支援を増やすように求めてくるだろう。

さらにオバマ政権は、イランの核兵器開発に歯止めをかけるという重要な課題を抱えている。イランに対する説得工作を行う上で、同国とつながりが深いヨーロッパ諸国の支援は不可欠である。またオバマ政権が来年グアンタナモ収容所を閉鎖するには、帰国すると処刑される危険がある収容者を他国に移住させる必要があり、EU諸国に対して収容者を受け入れるように求めている。

オバマ氏の帰国後、米国からヨーロッパに様々な要望が送られてくるだろう。各国首脳は、その要望にどのように対応するのだろうか。ブッシュ氏とは全く異なる大統領だけに、ヨーロッパにとっては「ノー」と言うことがこれまでよりも難しくなるに違いない。

17 April 2009 Nr. 761

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
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