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さらば老舗メーカー

ドイツでは経済危機のために、伝統あるメーカーが次々に倒産している。その中で最も注目を集めたのが、世界的に有名な鉄道模型メーカー、メルクリン社による会社更生法の申請(今年2月4日)だろう。

1859年にテオドア=フリードリヒ=ヴィルヘルム・メルクリンがドイツ南西部のゲッピンゲンで創業した同社は初め、人形遊びの際に使われる台所のミニチュア・セットを作っていた。この会社はその後、様々な玩具メーカーを買収することによって拡大し、1891年にライプツィヒの見本市で初めて精巧な鉄道模型を発表した。

それ以来、同社は様々なスケールの鉄道模型を製作し、この分野では世界最大手に成長した。ナチス・ドイツの空軍大臣へルマン・ゲーリングも、ベルリン郊外の別荘「カリンハル」の一室にメルクリンの鉄道模型を使った大規模なレイアウト(鉄道線路や駅、信号機の模型だけでなく、建物やトンネル、樹木や人形までを配置した一種のディオラマ)を持っていたとされる。

戦後の西ドイツでは一時、「メルクリンの鉄道模型を持っていない男の子は男の子ではない」と言われるほど、同社製品への人気が高まった。だが1990年以降、子どもたちの関心はもっぱらコンピューター・ゲームへと急速に移行し、売り上げは低迷。購入者は一部のマニアやコレクターに限られるようになった。ドイツの少子化も影響したのかもしれない。赤字を抱えた同社は、2006年に英国の投資グループに売却されたが、今年に入り、1月分の給与も支払えないほどキャッシュフローが悪化し、破たんした。

1879年創業の有名な陶磁器メーカー、ローゼンタールも、今年1月に破たんした。同社は1997年から英国・アイルランドの陶磁器メーカー、ウォーターフォード・ウェッジウッドに属していた。しかし、親会社が資金繰りに行き詰まって1月5日に会社更生法を申請すると、ローゼンタールも4日後に同じ道をたどった。

これらの会社ほど知られていないが、今年2月9日に倒産した下着メーカー、シーサー社も1875年創業の老舗だった。スイス人がボーデン湖畔のラドルフツェルで興した繊維メーカーは、最盛期には売上高が5億5500万マルク(277億5000万円/1マルク=50円換算)に達し、世界中に7000人の従業員を抱えるドイツ最大手の下着メーカーとなった。だが、繊維産業は経済のグローバル化によって大きな影響を受け、ドイツ国内での生産では採算が合わなくなった。同社は、2004年に国内の工場を閉めて労働コストが比較的低いチェコとギリシャだけで生産を続けたが、資金繰りが悪化し、会社更生法の申請に追い込まれた。

少子化やライフ・スタイルの変化、経済のグローバル化によって長い歴史を持つ有名企業が次々に苦境に追い込まれるのは残念なことだ。これらの企業のつまずきは、伝統だけでは生き残ることができない時代がやってきたことを示している。

1 Mai 2009 Nr. 763

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
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