Hanacell

地方自治体に意外なリスク

「ドイツの多くの地方自治体が、学校や市役所の建物、市電の路線やゴミ処理場などの公共の財産を米国に売り飛ばしていた?」

こんな意外な事実が、グローバル金融危機によって浮かび上がっている。しかも、ただでさえ台所事情が苦しいドイツの地方自治体に、巨額の財政負担が生じる可能性が強まっているというのだから、ただごとではない。

ベルリン、ハンブルク、ミュンヘン、エッセンなどドイツの多くの地方自治体は、1994~2004年の間に、下水道や見本市会場、市電の路線、廃棄物の処理施設などの社会的なインフラを米国の信託機構に売り、長期的なリース契約を結ぶことによってキャッシュフローを改善してきた。

この仕組みは、「クロス・ボーダー・リーシング」(CBL)と呼ばれる。米国の税制によると、長期的なリース契約は所有権の譲渡と同等に扱われるので、投資した金額を課税対象額から差し引くことが許される。このため米国の投資家は、インフラのリース契約を管理する信託機構に投資すると利益を得ることができたのだ。

一方、ドイツの地方自治体は慢性的な財政赤字に悩んでいたので、キャッシュをもたらすこの取り引きに飛びついた。たとえばボーフム市役所は、投資銀行の仲介で上下水道網を米国の信託機構に売り、リース契約を結ぶことによって2000万ユーロ(約26億円)の現金を手にした。地方自治体は、その後30年もしくは99年にわたり、投資家たちにリース料を支払い続けなければならない。

だが問題は、CBLの債務不履行リスク(つまり地方自治体がリース料を支払えなくなるリスク)が、AIGなど米国の保険会社によって保証されていたことだ。金融危機の影響で、これらの保険会社の信用格付けが引き下げられた。このためドイツの地方自治体は、信託機構に巨額の保証金を差し入れなければならないことが明らかになったのだ。

ドイツの地方自治体と米国の信託機構との間で結ばれているリース契約は、およそ150件。格付けの引き下げの影響で地方自治体が保証を迫られる金額は、800億ユーロ(10兆4000億円)にのぼると予想されている。

地方自治体の担当者は、このリース契約を結んだ際に、保険会社の格付けが下がった場合は保証金を負担するという条項をきちんと読んでいたのだろうか? 世界最大の保険会社であるAIGが破たん寸前にまで追い込まれる事態を想像することは難しかったかもしれないが、万一そうした事態が起こり得ることを想定していただろうか?

多くの地方自治体の首長たちが、短期的に資金繰りを改善するために、保険会社の格付けが下げられた時に生じる保証リスクについて十分検討せずに契約を結んだことに、強い批判の声が上がっている。

現在、失業者が増加しているために、地方自治体の財政は逼迫している。その上、米国とのリース契約の保証金まで納税者が負担させられるのでは、たまったものではない。地方自治体の担当者たちの、リスク意識の低さには唖然とさせられる。

8 Mai 2009 Nr. 764

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
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