Hanacell

グッテンベルク旋風


 ©Deutcher Bundestag /
 Paul Schirnhofer
政治の世界とは不思議なものだ。保守的なCSU(キリスト教社会同盟)の一議員がドイツで最も人気のある閣僚になることを昨年の今頃、誰が予想しただろうか。今年2月にメルケル首相が連邦経済・技術大臣に任命したテオドア・ツゥ・グッテンベルク氏は、瞬く間に政界のスターの座に駆け上がった。今月行われたある世論調査によると、回答者の73%が「グッテンベルク氏には次の任期にも閣僚にとどまって欲しい」と答えた。

ドイツ人が好む政治家像は、「明確な主義主張を持ち、たとえ孤立しても自分の意見をはっきり言う人物」である。ドイツ語で言うと「Rückgrat (背骨)を持つ」、潔い人物が求められる。

多くの市民は、グッテンベルク氏の中にそうした政治家像を見出した。彼は今年6月にメルケル首相や他の閣僚たちとオペル救済について深夜まで協議した際に、「マグナ社の再建プランは投資家のリスクが少なく、むしろ政府と国民に多額の負担を強いるものであり、受け入れられない」として反対した。大半の出席者はGMが倒産する前にオペルを救うことを重視しており、マグナの提案に賛成。グッテンベルク氏の意見は少数派だった。彼は自分の提案が聞き入れられない場合には、経済大臣を辞めるとまで言い切った。メルケル首相に説得されて大臣に留まったが、職を賭けて自分の主張を通そうとした彼の態度は国民の注目を集めた。そうした潔い態度は、今日の政界ではなかなか見られるものではない。

彼は政界に進出する前に家族企業の経営に関わっていたため、リスクや損得に関する感覚が他の閣僚に比べて鋭いのかもしれない。また貴族の家庭に生まれたことや、祖父が1960年代に連邦首相府の次官を務めたことも、彼の政治家としての態度に影響を与えているのかもしれない。ほとんどの新聞・雑誌もグッテンベルク氏については好意的な論評を行っている。この貴族政治家を「アンゲラ・メルケルの最大の発見」と評したマスコミもあるほどだ。

そのグッテンベルク大臣が今月初めに突然、「金融業界関連法を補完する法律」に関する構想を発表し、社会の注目を集めた。彼はこの法律によって、銀行が倒産しそうになった場合には株主が反対しても、銀行を国家の管理下に置いて安定化させることを目指している。そして株主が持っている議決権を一時的に凍結して、経営者に指示を与えたり、役員を任命したりする権利を金融監督庁に与える。銀行が国家の管理下に置かれている間は、株主への配当や役員へのボーナスの支払いも禁止される。

経営危機に陥った銀行が国民の血税で救済されているのに、一部の役員たちは雇用契約に基づき巨額のボーナスを受け取っている。このことに多くの国民が強い不満を抱いているが、グッテンベルク氏はそうした感情に配慮したのであろう。

驚いたのは、ツィプリース司法大臣。同じ内閣にいながらグッテンベルク氏からこの構想について知らされていなかったからだ。ツィプリース氏は、CSUのライバルであるSPD(社会民主党)に所属する。9月末の連邦議会選挙が迫り、大連立政権内部では有権者の支持を増やすための競争が始まっているのだ。グッテンベルク氏は37歳。史上最年少の経済大臣である。総選挙へ向けて強力な秘密兵器を手にした保守勢力CDU・CSU。かたやSPDは、経済が重要な争点となっている今、苦戦を強いられるだろう。

21 August 2009 Nr. 779

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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