Hanacell

付加価値税をめぐる混乱

ギリシャの債務危機の暗雲は、今もユーロ圏の頭上を覆っている。だがこの危機に唯一プラスの効果があったとすれば、多くの国を財政赤字と公的債務の本格的な削減に突き動かしたことである。たとえば国の借金が国内総生産(GDP)に占める割合がギリシャよりも多い日本では、菅直人首相が「消費税を5%から10%に引き上げる」と発言した。日本では多くの政治家が、財政再建について語る時にギリシャを引き合いに出す。

ドイツでも付加価値税について政治家たちの間で激しい議論が行われている。ドイツの付加価値税は19%だが、メルケル政権は今年1月にホテルの宿泊代については税率を7%に引き下げた。不況に苦しむホテル業界を支援するための措置である。

だが連立政権は現在、財政赤字を減らすために付加価値税の引き上げを検討している。つまり、わずか6カ月前に行われたホテル業界の支援策が帳消しになる可能性があるのだ。FDP(自由民主党)のリントナー幹事長は「1月にホテルの付加価値税を引き下げたのは、誤りだった」と発言し、メルケル首相らから批判された。連立政権の足並みが、税制をめぐる政策でも乱れているという印象を国民に与えたからである。

確かに、なぜ1月にホテル業界が付加価値税率を12ポイントも減らしてもらえたのか、理由付けが不明確である。不況により客が減って困っているのはホテル業界だけではないからである。

いずれにしても、付加価値税制が抜本的に見直されることは確実だろう。会計検査院は「現在の付加価値税制には矛盾点が多い」と指摘している。たとえばドイツでは、食料品など生活必需品の付加価値税を7%と低くすることが建前となっている。低所得層の負担を減らすためである。だが、ドイツでは高級食材の一種で値段も高いRiesengarnele(エビ)の付加価値税が7%なのに対し、ミネラルウォーターの付加価値税は19%である。エビよりもミネラルウォーターの方が生活必需品である。このため、本来はミネラルウォーターの付加価値税を7%に下げるべきだ。また果物や野菜の付加価値税が7%なのに、果物や野菜を使ったジュースの税率が19%であるのも、不自然だ。

ドイツでは、付加価値税を19%から25%に引き上げるべきだという極端な意見も出ている。しかし、付加価値税の大幅な引き上げは物価上昇につながるので、現在すでに停滞している国内消費をさらに冷え込ませるだろう。たとえば2007年に付加価値税が現在の19%に引き上げられた時には、国内で新車の購入台数が大幅に落ち込んだ。内需がさらに弱まったら、ドイツ企業は現在よりも輸出に依存せざるを得ない。

付加価値税は、すべての消費活動について徴収されるので、国家にとっては歳入を増やす上で便利な道具である。だが、この税は市民の所得と無関係に徴収されるので、その引き上げは富裕層よりも所得が低い市民にとって、相対的に負担が大きくなる。ある意味で不公平な税金なのである。

ドイツでも中間階層が急速に減って、貧富の差が拡大しつつある。財政赤字削減のために増税がやむを得ないとしても、庶民の負担を和らげるために、生活必需品には低い付加価値税率が適用されることを強く望む。

9 Juli 2010 Nr. 824

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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