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借金共同体EU?

今年は、欧州連合(EU)が加盟国の借金に揺さぶられ続けた年だった。ギリシャの次はアイルランドがEUの支援を申請せざるを得なくなった。1990年代に「ヨーロッパでグローバル化と規制緩和に最も成功した優等生」と言われたアイルランドは、一時失業率が4%まで下がり、事実上の完全雇用状態を実現したこともある。だが今や、同国の失業率は14%。財政赤字は国内総生産(GDP)の32%、公的債務はGDPの100%に達しており、かつての繁栄は見る影もない。

つまり2010年は、統一通貨ユーロが誕生して以来、最も深刻な危機にさらされた年でもあった。そのことは、ユーロの信用性を確保するためにEUが7500億ユーロ(82兆5000億円)という空前の救済メカニズムを作ったことに現われている。しかもその危機は、まだ完全には終わっていない。

日本と異なり、ヨーロッパの多くの国々は国債の大半を国際金融市場で売ることによって金を借り、財政赤字の穴埋めをしている。したがって今後格付け機関がスペインやポルトガルなどの借金返済能力に注意信号を発するだけで、これらの国債を買おうとする投資家は減る。すると国債の価格が暴落し、スペインやポルトガルの政府は借金ができなくなってしまうのだ。EUは国家の倒産を防ぐために救済機構を作ったわけだが、最も心配なのは南ヨーロッパの国々が「最後はEUが救ってくれるから、公的債務や財政赤字を無理に減らす必要はない」と開き直り、財政健全化への努力を怠ることだ。

現在ドイツ政府が懸念しているのは、欧州委員会に「個々の国が国債を発行すると、ギリシャのような危機が起こりやすい。そこで、個別の政府による国債を廃止して、EU全体が発行するユーロ共同債に切り替えるべきだ」という意見があることだ。これはルクセンブルクのジャン・クロード・ユンカー首相が提案しているもの。確かに、EU全体の信用性、つまり借金を返す能力は、ギリシャやポルトガルなど個別の国よりも高い。このためEUが共同債を発行すれば、ギリシャなどの国々は今よりも低い利子で借金をできるようになる。

面白くないのは、EUの経済優等生ドイツだ。ドイツは現在、国債によって金を借りる際に約1.7%の利子を払えば良い。ドイツは借金の返済能力が高いと見られているので、利子率がヨーロッパで最も低い国の1つなのだ。だがユーロ共同債が発行されると、ドイツは今よりも大幅に高い3.3%前後の利子を払わないと国債による借金ができなくなる。ドイツ国民への負担は、毎年170億ユーロ(1兆8700億円)に上ると推定される。このため、メルケル政権はユーロ共同債の発行に強く反対している。

「EUの救援機構の支援枠を7500億ユーロから、1兆ユーロ(110兆円)に増やすことも検討するべきだ」という意見もある。これはドイツ連邦銀行のアクセル・ ヴェーバー理事長が今年11月に示した見方だが、その背景には、「救援機構の支援枠は十分なのか」という金融市場の懸念がある。たとえば将来、万が一イタリアが債務危機に陥った場合、1国でEU救援機構の支援枠の93%を使い切る恐れがある。

忘れてはならないのは、過重債務国を救う資金が、我々の血税でまかなわれているということだ。欧州委員会、そして各国首脳は借金を穴埋めする手段ばかりを検討するのではなく、各国の債務と財政赤字を真剣に削減することを重視してもらいたい。将来「なぜ我々の税金でアイルランドの銀行を間接的に救わなくてはならないのか」という声が、ドイツの納税者から高まるかもしれない。ユーロの危機を解決する近道は、各国が歳出を減らして、財政を健全化することにほかならない。

24 Dezember 2010 Nr. 848

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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