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ジーメンスは復活できるか

ジーメンスは復活できるか

「ジーメンスの社長であることは、ドイツ経済界で最も素晴らしい仕事だ」。15年にわたって欧州最大の電機メーカー、ジーメンスの社長と監査役会長を務めた、ハインリヒ・フォン・ピーラー氏の言葉である。

彼は、伝統企業ジーメンスの収益性を高めるために「10項目プラン」を打ち出して、不採算部門を排除、企業のエネルギーを高収益部門に集約した。「ミスター・ジーメンス」と言われた彼は、コール、シュレーダー、メルケルの歴代首相の経済問題に関するアドバイザーに任命されたほか、連邦大統領候補としても名前を挙げられていた。まさにドイツ経済界の顔であった。

それだけに、フォン・ピーラー氏が今年春に通信部門の汚職疑惑など、一連のスキャンダルの影響で監査役会長の座を退いたことは、財界・政界関係者に強い衝撃を与えた。彼自身が汚職や背任に直接関わっていたわけではないが、通信部門が4億ユーロもの贈賄資金をプールしていたヤミ口座は、フォン・ピーラー氏が社長に就任した1992年以降に開設されている。そうした人物が、不祥事を解明するべき監査役会のトップとして君臨し続けるのは、やはり不自然である。また、全金属労組IGメタルに対抗して経営寄りの従業員組織を支援するために、会社の資金が不法に使われた事件では、現職の財務担当役員が検察庁に逮捕されるという、同社の歴史でも珍しい事態となった。

これだけ不祥事が山積したら、企業は新しい血を入れて経営体質を刷新しなくてはならない。その意味では、フォン・ピーラー氏の辞任はむしろ遅すぎたと言うべきかもしれない。「自分がいなければジーメンスは機能しない」というミスター・ジーメンスの思い込みが原因だろう。どんなに優秀な経営者も代替可能だということはビジネス界の常識だ。

ジーメンスの危機を一段と深くしたのは、2年前に就任したばかりの若き貴公子、クラウス・クラインフェルト社長も辞任する意向を発表したことである。フォン・ピーラー氏が企業を去ることで、クラインフェルト氏の社内の立場が強化されると思われていただけに、この決定は意外である。だが、米国の証券取引委員会(SEC)も同社の一連のスキャンダルについて捜査を始めていることから、監査役会のメンバーは、「旧体制で高い地位にあったクラインフェルト氏に続投させることは、米国の株主から訴えられる危険を高める」と判断したのだろう。

名門企業のトップが、業績悪化ではなくコンプライアンス(法令順守)がらみで相次いで引責辞任をするというのは嘆かわしいことだ。今月1日に新社長に就任したペーター・レッシャー氏は、旧体制の膿を出し切り、コンプライアンス監視体制を充実させなければ、深く傷ついた企業イメージを刷新することはできないだろう。

13 Juli 2007 Nr. 671

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
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