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日経電子版 初割り
So. 19. Jan. 2020

英国EU離脱派の勝利とドイツの苦悩

2016年6月23日、欧州そして世界が英国で発生した政治的な「激震」に揺さぶられた。この日行われた国民投票で、英国のEU離脱(BREXIT)に賛成する有権者が51.9%を占めた。つまり英国の有権者の過半数が、43年にわたったEU加盟に終止符を打つべきだという意思表示を行ったのだ。

テロの脅威
ロンドンでは数万人の市民がEU残留を訴え、
大規模デモを実施(撮影: 熊谷 徹)

「ヨーロッパの死」?

BREXITに賛成した人々の数は、約1680万人。ロンドン、スコットランド、北アイルランドを除き、全ての地域で離脱派の数が、残留派を上回った。ドイツの多くのメディアは、この日を「暗黒の木曜日」と呼んだ。ニュース週刊誌「デア・シュピーゲル」は、表紙に「ヨーロッパの死」という大きな見出しを掲げた。

金融市場の反応も激しかった。投票結果が判明した6月24日には、一時ポンドのドルに対する為替レートは約10%下落し、1985年以来最も低い水準に達した。欧州だけでなくアジアや米国の株式市場でも株価が一時下落し、全面安の状態となった。

英国では、過去数カ月にわたって離脱派と残留派が激しい論戦を行ってきた。世論調査の結果も拮抗していたが、世界中の多くの政府は「英国がEUを去ることはないだろう」と楽観視をしていた。特に、残留派の議員ジョー・コックスが、極右勢力と繋がりのある離脱派の暴漢によってロンドンで殺害されてからは、「BREXITの可能性は低くなった」と考えた人が多かった。

混乱する英国の政界

だが開票の結果、「まさか」と思える事態が現実のものとなった。英国には、政治の真空状態が生まれた。国民に残留を勧めていたデイビッド・キャメロン首相は今年秋に辞任する方針を表明。本稿を執筆している7月6日の時点では、後継者は決まっていない。

英国市民だけでなく、欧州市民に衝撃を与えたのは、離脱派の指導者たちが次々に政治の表舞台から去ったことだ。たとえば保守党内の離脱派の総帥だったボリス・ジョンソンは、保守党の党首選挙に立候補しないことを明らかにした。またポピュリスト政党英国独立党(UKIP)の創設者の一人で、BREXIT運動を最も積極的に推進してきたナイジェル・ファラージも、党首を辞任。有権者の間では、「これらのポピュリストたちは、EU離脱後の英国を率いるための具体的な青写真を持っていなかったために、指導者としての地位を投げ出した」として、その無責任な態度を批判する声が強まっている。7月6日の時点では、英国政府はまだ正式な脱退申請を欧州委員会に対して提出していない。EU加盟国の脱退に関する規定を定めたリスボン条約第50条によると、英国の加盟国としての地位は、脱退申請を出した日から2年以内に消滅する。もしも英国が実際にEUから脱退した場合、英国・EUにとって失うものが多い。

単一市場の利点を失う英国

約1000社の日本企業をはじめとして、多くの外国企業は英国に欧州本社を置いている。英語圏という利点だけでなく、英国がEU加盟国として単一市場の一部となっていたことも、大きな理由だった。外国企業は英国で製造した製品を、まるで国内取引であるかのように、関税を払うことなく他のEU加盟国に輸出することができた。またEUの金融サービス自由化指令によって、金融機関は英国で営業許可を取得すれば、他のEU加盟国で自由に営業を行うことができた。

だが英国がEUから離脱した場合、これらの利点は消滅する。今後英国政府は、EUと関税の適用免除などについて交渉しなくてはならない。特に外国の金融機関の中には、「英国がEUから脱退したら、ロンドンで働く社員を減らして他のEU加盟国で増員する」という方針を明らかにしている企業もある。

特に大きな影響を受けるのが、ロンドンの金融業界だ。英国の国内総生産(GDP)の中に金融サービスが占める比率は約8%で、ドイツよりも大幅に高い。「シティ」と呼ばれる金融街や東部のカナリー・ワーフは、約70万人が働く、欧州最大の金融センターだ。BREXITが本当に起きた場合、金融業界で働く7万から10万人の雇用に悪影響が出るという予測もある。またロンドンとフランクフルトの株式取引所は、ロンドンに統合する計画を進めていたが、EU離脱派の勝利後はドイツ側から、「欧州最大の株式取引所をEU圏外に置くことはできない」という意見が強まっている。

EUにも痛烈な打撃

EUとドイツにとっての影響も甚大だ。英国はドイツに次ぐEU第二の経済大国。同国が離脱したら、EUは国内総生産(GDP)の約18%、人口の約13%、輸出額の約12%を一挙に失う。EU加盟国はGDPなどに応じた拠出金を払っている。英国が2014年に払った拠出金は、独仏に次いで3番目に多い拠出額だった。したがって英国がEUを離脱した場合、他の加盟国の負担額は引き上げられる。

ドイツにとって、英国は米国・フランスに次いで3番目に重要な輸出先である。英国がEUを離脱した場合、ドイツ企業の英国への輸出額は2019年の時点で68億ユーロ(7616億円)減少すると予想されている。英国に子会社を持つドイツ企業の数は約2500社で、約45万人を雇用している。

ドイツ、EUそして英国は、歴史上例のない異常事態に、今後どう対処するのだろうか。欧州で活動する日本企業も、今後の展開を注意深く見守る必要がある。

15 Juli 2016 Nr.1030

 

熊谷徹
1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題を中心に取材、執筆を続けている。著書に「ドイツの憂鬱」、「新生ドイツの挑戦」(丸善ライブラリー)、「ドイツ病に学べ」、「住まなきゃわからないドイツ」、「びっくり先進国ドイツ」(新潮社)など。
http://www.tkumagai.de
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