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ベルリンの壁崩壊20年(下)


©Toru Kumagai
ブランデンブルク門の前で行われたベルリンの壁崩壊20周年記念式典で、メルケル首相は居並ぶ各国の首脳たちを前に「1989年11月9日は、ドイツの現代史の中で最も幸運な日でした。ドイツを支援してくれた国々への感謝の心を忘れません」と述べた。

だが壁崩壊とドイツ統一がもたらしたのは、希望と喜びだけではなかった。1990年7月、当時首相だったコール氏は「東独経済は、やがて花咲く原野のように繁栄するでしょう」と予言した。だが統一から19年経った今でも、旧東独は経済的に自立しておらず、市民が毎月支払う連帯税によって支えられている。

社会主義時代の国営企業は閉鎖、もしくは民営化されたため、中高年の勤労者を中心に250万人が失業。ピーク時の2005年には旧東独の失業率が20.6%に達した。現在、失業率は改善に向かっているものの、それでも14.7%と西側の2倍近い。

旧東独では、賃金水準が旧西独の80%近くまで引き上げられたが、生産性は旧西独よりも大幅に低い。このため西側企業は、生産拠点を旧東独ではなく、人件費が安いポーランドやルーマニアなどの中東欧諸国に作る例が多いのだ。また、旧東独に本社を持つ企業は、旧西独に比べるとはるかに少ない。

旧東独の住民1人当たりの国内総生産(GDP)は、旧西独を31%も下回っている。連邦政府は毎年生み出される国内総生産の内、約5%を今も旧東独に注ぎ込み、その額は、2007年までに1兆1000億ユーロ(148兆5000億円・1ユーロ= 135円換算)に達している。これほどの金額を投入しているのに、いまだに東西間に大きな経済格差があるというのは、驚くべきことである。この結果、優秀でやる気のある旧東独の若者は、どんどん西側に移住している。旧東独が西側の水準に達するためには、まだ何十年もかかると見られているからだ。私の知り合いの中にも、ミュンヘンに来て人生を謳歌している旧東独人がたくさんいる。中には、東西統一直後にミュンヘンの大企業に入社し、平社員からまたたく間に出世して、取締役になった旧東独人もいる。

旧東独にとってこのような頭脳流出は深刻な問題だ。旧東独の人口は毎年減り続けており、平均年齢は高まる一方だ。私も旧東独で空き家が並ぶゴーストタウンのような町を見たことがある。現在のままでは、旧東独がイタリア南部のように、政府からの支援によって生き延びる過疎地域(メッツォジョルノ)になる恐れがあると指摘する経済学者もいる。

「花咲く原野」は実現しなかった。コール元首相も「自分の見通しは甘かった。社会主義時代の東独の経済状況は、西独政府が予想した以上にひどかった。企業の投資も思うように進まなかった」と述べて、予測が誤っていたことを認めている。ミュンヘンのIFO経済研究所のハンス・ヴェルナー・ズィン所長は、「統一は政治的には成功したが、経済的には失敗した」と断言した。

SED(社会主義ドイツ統一党)の流れをくむ左派政党リンケが現在、旧東独で高い支持率を得ている背景には、旧東独の人々が統一後のドイツに抱く不満がある。「心の中の壁」は取り除かれていないのだ。ドイツ人が20年前の壁崩壊の喜びを噛み締める気持ちは、理解できる。だが統一は決して完遂されたわけではなく、政府が取り組むべき課題はまだ残っている。(写真は筆者撮影)

20 November 2009 Nr. 792



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著者プロフィール:熊谷徹
1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題を中心に取材、執筆を続けている。著書に「ドイツの憂鬱」、「新生ドイツの挑戦」(丸善ライブラリー)、「ドイツ病に学べ」、「住まなきゃわからないドイツ」、「びっくり先進国ドイツ」(新潮社)など。
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