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8 Januar 2010 Nr. 798

日本のお正月、ドイツのお正月  川口 マーン 惠美

©Sae Esashi

ドイツ人から受けるスタンダードな質問の1つが、「日本では、クリスマスを祝いますか?」というもの。簡単そうでいて、なかなか返事に困る質問だ。

そもそも日本のクリスマスというのは、子どもがサンタクロースからプレゼントを貰うか、若者がパーティーをするか、恋人たちがロマンチックな気分に浸るための口実にするかのどれかだ。本来、祝うべきは、12月25日のイエス・キリストのお誕生日なのだが、そんなことを考える日本人はいない。いつだったか、25日の深夜に都心の繁華街をウロウロしていたら、巨大なクレーン車が、デパートの外壁のクリスマス・デコレーションを撤去していた。つまり、日本のクリスマスは、24日でおしまい。いくら幼稚園児が「ジングルベル」と歌っても、これではやはり、クリスマスを祝っているとは言えないだろう。

そこで、ずいぶん前からこの質問には、「日本のクリスマスはドイツの大晦日と似ていて、ドイツのクリスマスに当たるのは、日本のお正月です」と答えることにしている。これが、自分で言うのもなんだが、非常に的を射た答えなのである。

ドイツのクリスマスと日本のお正月のどこが似ているかというと、まず、ともに伝統行事であること。つまり、クリスマスツリーや松飾り、特別なお料理など、多くが古くからの慣習に則っている。また、家族が集まって家庭で祝う行事であること。1年を振り返ったり、あるいは、次の1年の抱負を掲げたりという精神的な意味を伴っていること。そして、宗教が絡んだ、いわゆる神妙な気概に包まれたお祝いなので、ドンチャン騒ぎにはならないこと。それどころか、普段はまったく信心深くない人も、このときだけは教会のミサに行ったり、初詣に行ったりして、すがすがしい気分になる。さらに言うなら、お世話になった人や親しい人にカードや年賀状を出す、行事に因んだ童謡が種々ある、子どもたちがプレゼントやお年玉を貰うなど、共通点はまことに多い。最近は、準備が面倒という理由でホテルや旅館で過ごす人が増えてきたところまで、よく似ている。

さて、ドイツへ来て間もなかった頃、元旦に車で町を走って、唖然としたことがある。車道には打ち上げ花火の残骸が散らばり、歩道には花火の発射台として使われたガラス瓶が転がっていて、ひどくみすぼらしい風景だった。私の住むシュトュットガルトは、住民がお掃除好きで有名な土地柄なので、普段は整然としていて美しい。おそらく元日は、この町が1年のうちで1番汚くなる日に違いない。

そのとき、ふと気付いたが、ドイツのお正月には、それを象徴する道具も一切ないのだ。日本なら、ところどころに門松が立ち、日の丸が翻っている。お雑煮やお屠蘇のような正月特有の食べ物があるし、晴れ着を着ている人もいる。こういう伝統的なものは、ドイツではクリスマスにはあるがお正月にはない。だから、単に1年の1番初めの日で祝日という以外に、おそらくドイツ人は、お正月に何の感慨も抱いていないはずだ。

©Sae Esashi

ドイツ人が拘っているのは、あくまでもニューイヤーズ・イブのドンチャン騒ぎだ。この日はクリスマスとは打って変わって、家族ではなく友人同士で集まることが多い。食べたり飲んだりしながら零時を待つのだが、これが結構大変で、あまり早く始め過ぎると間延びしてしまう。アルコールが入っているから、皆、次第に眠くなり、最後は欠伸を堪えつつ、時計を眺めるといった状況になることもある。元気で宵っ張りのメンバーを揃えておくに越したことはない。

そして、ようやく待ちわびた零時。カウントダウンで外に飛び出すと、まずは寒気で、その後は花火と爆竹の音で眠気はすっ飛ぶ。一昨年は、零時直前に霧雨が降って道があっという間に凍結し、飛び出した途端に滑って転んだ人も多かった。私の知り合いは骨折し、1月に行く予定にしていた舞踏会を棒に振った。奥さんはイブニングドレスを新調していたのに。

さて、それからは道端にまでシャンペンを持ち出して乾杯!辺りはすでに火薬臭くて、空は煙でぼんやり霞んでいる。そんな中、そこら辺にいる人たち誰かれと「よい新年を!」と言いつつ乾杯し、抱きついたり、抱きつかれたり、キスしたり、キスされたり。酔っ払っていなくては、なかなかできない作業だ。そして、ここでまたスタンダードな質問が飛び出す。

「日本でも、ニューイヤーズ・イブには、打ち上げ花火をしますか?」

「しませんよ。花火は夏の風物詩です!」

花火の後は、白い息を吐きながら家に戻ってちょっと飲み直し、そしてお開き。日本人ならその次の元旦の朝が肝心なので、年越しそばも食べ終わり、ゆるゆると新年モードに移っていくところだが、ドイツでは、新年のお祝いはこれでおしまい。日本人が、クリスマスというと肝心の25日ではなく、イブしか頭にないのとまるで同じ現象なのが可笑しい。

さて、元旦のドイツ人は初日の出を拝むわけでもなし、初詣に出掛けるわけでもないので、たいてい昼まで寝ている。そして町には花火の滓と、忘れられたようなクリスマス・デコレーション。ドイツに来て四半世紀が過ぎたが、いまだにこのお正月に慣れることはできない。


川口 マーン 惠美
作家。大阪生まれ。日本大学芸術学部を卒業後、ドイツに渡り、旧西ドイツ・シュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科を修了。著書に、『ドレスデン逍遥』(草思社)、『母親に向かない人の子育て術』(文春新書)、『証言・フルトヴェングラーかカラヤンか』(新潮選書)、『ドイツ料理万歳!』(平凡社新書)など多数。



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