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Fr. 20. Okt. 2017

Erik Schumann ヴァイオリニスト エリック・シューマン - 完璧な音を、永遠に求め続ける

ロマン派を代表する偉大な作曲家、
ロベルト・シューマンと
姓を同じくするのは運命の導きか。
「名は体を表す」と諺にあるように、
音楽に対するその献身の姿勢は、
並大抵のものではない。
その人の名は、エリック・シューマン。
独日ハーフのヴァイオリニストだ。
音楽一家に生まれ、環境と才能に恵まれながらも、
決して驕ることなく、懸命に音楽と向き合う中から、
若き音楽家はどんな音楽観を育んできたのだろうか。

(編集部:林 康子)

エリック・シューマン 
Erik Schumann

1982年生まれ。母親は日本人ピアニスト、父親はデュッセルドルフ交響楽団のヴァイオリニスト。4歳からヴァイオリンを始め、ザハール・ブロン氏に師事。94年、11歳で全ドイツ学生音楽コンクールにて最年少優勝。2002年、ロン=ティボー国際コンクール入賞、04年、優秀な若手奏者に贈られるシュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭のレナード・バーンスタイン音楽賞など受賞歴多数。現在は弟のマーク(チェロ)、ケン(ヴァイオリン)、そして日本人ビオラ奏者、後藤彩子と共に組むシューマン・カルテットの活動のほか、ソリストとしても欧州、日本、米国などの各地のオーケストラと共演している。 www.erikschumann.com

本当の始まりは、コンクールの後

1994年、弱冠11歳のヴァイオリニストが、全ドイツ学生音楽コンクールを最年少、最高得点で制し た。方々から「天才少年」と評されたシューマン氏。その背景には、生まれたときから家庭内で育まれてきた音楽的センスがあった。

私は、母がピアニスト、父がヴァイオリニストという典型的な音楽一家に生まれました。最初にヴァイオリンを手にしたのは4歳の頃、おもちゃとして買ってもらった16分の1の子ども用のものでした。それが何となく自分に合っていると感じ、その後本格的に弾くようになったというわけです。父の下で2年ほど練習し、その後3年間スズキ・メソード*1 で学びました。母もピアノ伴奏をしてくれたり、楽曲を教えてくれたり、さまざまな形で私の支えとなってくれました。ヴァイオリン以外に、ピアノも少しは弾いてみたのですが、自分にとってはヴァイオリンの方が技術、操作面での上達が早かったですね。

同コンクールのおよそ1年前、その後のシューマン氏に音楽家としての道筋を示すことになるザハール・ブロン *2 氏との出会いを果たす。同氏の下、コンクールに向けて猛練習を積んだ。生まれ持った音楽的センスは、師の手によりひたむきな努力と結び付き、開花していく。

ブロン先生と出会ったのは10歳のとき。彼がロシアからドイツに来たばかりの頃です。渡独の条件が、自分の生徒を連れて行くことだったそうで、その中には、現在世界トップクラスで活躍するマキシム・ヴェンゲーロフやヴァディム・レーピン、アルテミス・カルテットのナターリャ・プリシチェペンコらがいました。最初は右も左も分からなかった私ですが、彼らが素晴らしい演奏をしているということだけは分かり、自分もとにかく練習しなければと思いました。

モスクワで高いレベルの音楽教育を受け、ソ連(当時)の名立たる音楽家の1人に数えられるブロン氏は、学んだことをほかの人たちと共に分かち合い、与えようとする人で、生徒1人ひとりの才能や持てる力を最大限に引き出すような指導をしてくれました。天性の才能を持ち、良い教育を受けていても、それらを次世代に伝えていこうとしない音楽家もいる中、彼は生徒全員に分け隔てなく接し、全身全霊を込めて音楽と指導に取り組んでいる。どこからそのエネルギーが沸いてくるのかと、感心するほどです。

センセーショナルなデビューの後に続く、華々しいコンクール受賞歴。中でも自分を支えてくれたものは、パリのロン=ティボー国際コンクール入賞(1998年)とシュレスヴィヒ=ホルシュタイン州音楽祭の枠内でのレナード・バーンスタイン音楽賞(2004年)だと語る。コンクールでの受賞歴は、彼のキャリアを築くに当たって必要不可欠な存在なのだろうか。

この2つのコンクールは国際的に名の知れたものです。世界各地から集まった大勢の聴衆の前で演奏するという経験は、それまで自分になかったため、大きなプレッシャーでした。そこで入賞したことにより、エージェントやほかの音楽家たちと知り合うきっかけとなったのは事実です。ただ、コンクールといっても相対的で、受賞してもその後のキャリアにつながるようなコネクションを築けない人もいれば、たった一度の受賞で次々と公演が決まるケースもある。もちろん、勝つに越したことはないのですが、思うにコンクールで大切なのは、約8、9週間掛けて楽曲と集中的に向き合う本番前のプロセスです。何かを学ぶとき、時間的な制限によるプレッシャーがなければ良い結果は得られないでしょう。大切なのは本番にたどり着くまでの準備段階。結果よりも、そこで何を達成できたかということです。

とはいえ、結果を得られなければ落ち込みます。常に良い調子で上手く進むことなんてあり得ませんから。しかし敗退は次へのステップとして、音楽家を鼓舞し、後押しすることにもなります。逆に、有力なコンクールで入賞したからといって自身の実力を誇れるわけではない。そこは単なる入り口であって、その後にこそ、音楽家にとって本当の意味でのコンクールが始まるのです。

音楽において、自由でいようと努める

「天性の努力家」という言葉が合う人だと感じた。真摯に楽曲と向き合う姿勢は、音楽を愛する者に授けられた一種の才能なのではないだろうか。そこまでシューマン氏を音楽へと駆り立てるものとは何かを掘り下げるべく、自身に影響を与えた作曲家を尋ねると、「作曲家から着想を得たとは言えない」という意外な答えが。

エリック・シューマン

作曲家が私に影響を与えたと言うには、あまりにも存在が大き過ぎるかと。着想を与えてくれたと言うなら、ほかの音楽家、演奏家ですね。尊敬すべき同僚たち。例えば、チェリストのニコラス・アルトシュテットやレオナード・アイシェンブロイヒ、石坂団十郎。彼らと共演するときは、互いに刺激し合っています。誰かが何かを感じれば、私もそれを察知して受け止め、応えようとします。

指揮者なら、常に強大なエネルギーを音楽に注ぎ、華やかさ、軽やかさを表現していたカルロス・クライバー*3。彼のベートーベンを聴くと、これぞ理想的なベートーベンだと感じます。また現在、クリストフ・エッシェンバッハ*4と時々一緒に仕事ができるのも、本当に幸せなことですね。偉大な音楽家と共演すると、彼らがいかに音楽に浸っているかを肌で感じられ、自分が表現したいと思うものだけでなく、自分が本来備えている能力を発揮できる。才能ある音楽家は、ほかの人の潜在能力を見出し、それを成長させてくれるのです。

私がヴァイオリニストとして繰り返し聴くのが、ダヴィッド・オイストラフ*5やヤッシャ・ハイフェッツ*6、ヘンリク・シェリング*7ら。私の原点とも言えます。全身の血を音楽に注ぎ込んだ人たちで、聴いているとヴァイオリンの演奏の域を超えて、心底「音楽を聴いている」のだと感じます。各々が独自に持つ自由な精神から紡がれる音楽は、なんと生命感に満ち溢れているのかと。音楽において自由でいようと努める、それがヴァイオリニストだと感じさせられます。

演奏家としてのハイライトはオーケストラとの共演だという。特に気に入っているホールは札幌のキタラホール、東京のサントリーホール、そしてライプツィヒのゲヴァントハウス。一方で、アットホームな雰囲気を作り出せる室内楽も欠かせない。1年に70~80回はこなすというコンサートの中で、シューマン氏が重んじていることとは。

一番大切なのは精神です。ただ、技術なくして演奏に精神を込めることはできません。目的達成のための手段として、技術が必要なのです。これらは互いに関連し合っていますね。どんな音楽家も、人生を懸けて完璧な音を出そうと努力している。技術が勝り、精神が追い付かないこともあれば、その逆も然り。完璧な音を、永遠に探し続けているのです。目的が達成できたと言うことができる時が来れば最高ですが、それは一方ですべての終わりを意味するので、悲しいでしょうね。決して終わらない、そのために音楽はあるのだから。その時々で自分が正しいと思う、理想的な瞬間をコンサートで実現すべく、挑戦するのみです。

僕は「禅」の精神が大好きで、剣道をやっていたこともあるのですが、そこで大切なのは一点に集中することです。そして集中するときにこそ、力を抜いて深呼吸する。これは音楽にも共通していて、楽譜上の音を、あるべき一点に導く。そのとき落ち着いて深呼吸をすると、時間や空気の感じ方がふと変わるのです。これがコンサートで表現できれば、音楽家としてはトップレベルだと思います。

伝統的な日本の精神に敬意を示すのは、もちろん日本人である母親の影響によるところが大きい。ブロン氏を通じて知り合い、兄弟のように親しんだ樫本大進をはじめ、川久保賜紀、庄司紗矢香、岡崎慶輔など日本の著名ヴァイオリニストとも親睦が深い。自身の中に、強く日本人としてのルーツを意識するのは自然の成り行きだろう。

日本に長期間住んだことがないので、ドイツから受けた影響の方が大きいのは当然ですが、母は常に、私に日本の文化に触れられる環境を与えてくれました。子どもの頃は母と一緒に、大阪にある祖父母の家に遊びに行き、大人になってからは公演で何度も日本を訪れ、ますますこの国への愛情が深まっていったのです。今や日本は私の一部、誇りであり、訪れるたびにその文化を体験できるのが幸せですね。

日本人は常に冷静で規律を重んじる。人だけでなく、物や存在に対しても尊敬の念を抱けるというのは、日本人特有の精神でしょう。音楽で言えば、日本人ほど集中して耳を傾ける観客はいません。演奏中、それが手に取るように伝わってきます。日本で演奏するのは楽しい。とても居心地が良いです。

音を通して、聴き手と一体になる感覚

自分が持てる情熱、技術を伝えていくことを惜しまないブロン氏の門下生として、次世代へのクラシック音楽の伝達にも積極的。ドレスデン出身のピアニスト、ラース・フォクトが手掛けるプロジェクト「ラプソディー・イン・スクール」への参加がその一例だ。それほど大したことではない、当然のことをしているだけ、というような控えめな口調で語ってくれたが、そこにかける想いは熱い。

このプロジェクトは、有志で集まった音楽家が国内の学校をめぐり、これまでクラシック音楽など聴いたことがなかった子どもたちに、それに触れる機会を与えるものです。もちろん子どもたちは、そういうジャンルの音楽があることくらいは知っていますが、馴染みはなく、なんだか複雑で退屈そう、というイメージを抱きがち。そこで、「難しくなんかない。簡単に理解できるものなんだよ」と教えます。だから、いきなり彼らの前でベートーベンの弦楽四十奏を弾くような真似はしません。プロジェクトの目的は、子どもたちが将来どこかで楽曲を耳にしたときに、「あ、これ聴いたことある。そういえば昔、誰かが学校に来て弾いてくれたな」と気が付いたり、「クラシックってこんなものなんだな」と思ってくれるようになること。そして願わくば、「ちょっとコンサートに行ってみようかな」と言ってくれること。未来の観客たちと早めにコンタクトを取るわけです。また、自ら楽器に触れてもらうことで興味を芽吹かせ、クラシックが全く別世界のものでなく、生活の一部であると思ってもらえたら嬉しいですね。

演奏家が、自分の理想とする音を追求するだけでなく、聴き手もその音を通して何か特別な感情を得ること。シューマン氏はそれを、音楽を通してのコミュニケーションと考えている。

音楽は、人が持つすべての感情を表現する高度なレベルのコミュニケーション術。人は言葉で多くを語ることができますが、音楽と比べれば言葉は限定的です。でも、音楽には限界がない。例えば画家は、その瞬間に美しいと感じるものやインスピレーションを多彩な絵の具を使ってキャンバスに保存しますよね。音楽もそれと同じ。作曲家が感じた瞬間を音に残し、演奏家が独自の方法で再生して伝えていくのです。

聴き手とのコミュニケーションという視点で言えば、ホールに2000人もの観客が集まり、オーケストラが静かな音を奏でるとき、見えない何かが起き、そこにいる全員がそれを感じます。互いに知らない人同士なのに、一体となり、1つの色調を奏でる。信じ難いような、不思議な感覚です。もし、普通に会話をするならば理解し合えないかもしれない人たちが、人それぞれ微妙に感じ方は異なるでしょうが、音楽を通してつながり、あたかも1つの船の上にいるかのような気分になるのです。ものすごいエネルギーを感じますよ。

Schumann Quartett

壮大な宇宙に共通する音楽

歴代の偉大な音楽家を尊び、演奏を通して聞き手の心に語りかけ、音の共鳴体を広げていく。音楽に100%献身する姿勢が、言葉の端々から溢れ出ている。その情熱が向かう先は? 最後に、現在の活動を含め、彼が抱く世界観と、心に思い描く自身の将来像をうかがった。

私は時間があれば、ヴァイオリン製作の芸術についての書籍や、宇宙に関する大衆向けの専門書などを読んでいます。果てしない宇宙のスケールに思いを馳せ、私たちが今生きている空間がいかに薄い層であるかと考えると、息苦しくなります。しかし、その先に広がる壮大な宇宙を想像すれば、解き放たれるような気分になります。その後で音楽を聴くと、何か宇宙と共通するものを感じるんですよね。「作曲家や演奏家たちも、自分と同じように感じていたのではないか」と。人はいかに音楽で多様なことを成し遂げてきたか。音楽を前にしては、私の存在はあまりにも微力です。時にとても表面的だと感じる現代において、クラシック音楽は私にとって唯一、奥深く壮大なものなのです。

シューマン・カルテット

具体的な目標としては、自分が所属する「シューマン・カルテット」の活動を中心に、一生を通してできる限り多くの室内楽の演奏を行っていきたいです。弦楽四重奏は、室内楽の中でも最も繊細で軟らか、かつ壮大な合奏形態で、膨大な練習時間と労力を必要としますが、その分、多くのことを伝え、音楽家としての自分を熟成させてくれます。私たちのカルテットは、ロマン派を特に好んで演奏しており、今年5月の大阪国際室内楽コンクールでは第2位という大きな成果を上げました。この調子で、世界をリードするカルテットを目指します。

個人的には、何事に対しても心をオープンに、感受性豊かな音楽家でありたいと願っています。素晴らしい音楽家たちと交流、共演する中から刺激を受け、何かを学び、分かち合う。常に音楽に誠実でいたいです。

完璧な音をひたすら追い求めながら、その音の先に無限大に広がる音楽の世界を見つめ、より多くの人とそれを共有したいと願うヴァイオリニスト、エリック・シューマン。インタビューの最後に読者に向け、メッセージを残してくれた。

音楽は、聴き手を必要としています。呼吸をするときに酸素が不可欠なように、聴く人がいなければ音楽は成り立ちません。コンサート会場で皆様にお会いできるのを楽しみにしています。人が音楽を愛すれば、音楽も人を愛してくれます。

語り尽くせない想いを音に託す演奏家と、それを受け止める聴衆がいて、初めて音楽は息をする。変に身構えず、自然体でシューマン氏が奏でるヴァイオリンの音に耳を傾けたなら、彼の見つめる音楽の世界を一緒に体感できるのかもしれない。

  • *1 ^ スズキ・メソード:日本のヴァイオリニスト、鈴木鎮一によって創始された音楽教育法の1つ。乳幼児期に音楽を聴き、練習することで情緒や心豊かな人間性を育てることを目的としている。
  • *2 ^ ザハール・ブロン(1947~):カザフスタン出身。リューベック音楽院、ロンドン王立音楽アカデミー、ロッテルダム音楽院などの教授を経て、現在はケルン音楽院、チューリッヒ音楽院で教鞭を執る。
  • *3 ^ カルロス・クライバー(1930~2004):ベルリン生まれの指揮者。デュッセルドルフやシュトトゥットガルトなどの歌劇場で第1指揮者を務め、世界的に名を馳せた。
  • *4 ^ クリストフ・エッシェンバッハ(1940~):ポーランド・ヴロツワフ(旧ドイツ領シュレージエン)出身の指揮者。もともとピアニストとして活躍したが、70年代より指揮者に転向した。
  • *5 ^ ダヴィッド・オイストラフ(1908~74):旧ソ連(現ウクライナ)出身のヴァイオリニスト。37年、ブリュッセルのエリザベート王妃国際音楽コンクールで首位獲得。
  • *6 ^ ヤッシャ・ハイフェッツ(1901~87):ロシア帝国領ビルナ(現リトアニアの首都)出身のヴァイオリニスト。幼少時から才能を発揮、7歳でデビューし、「ヴァイオリンの王」と呼ばれた。
  • *7 ^ ヘンリク・シェリング(1918~88):ポーランド人で、メキシコに帰化したヴァイオリニスト。作曲家として、ヴァイオリン協奏曲や室内楽も手掛けた。
エリック・シューマン 公演情報

● 8月6日(土)20:00
ニュルンベルク「クラシック・オープンエアー」
Nürnberg Klassik Open Air
プログラム:チャイコフスキー「ヴァイオリン協奏曲」
会場:Luitpoldhain, 90478 Nürnberg
入場無料
www.klassikopenair.de

● 9月18日(日)19:00
デュッセルドルフ「旧市街の秋・カルチャーフェスティバル」
Altstadtherbst in der Tonhalle
プログラム:メンデルスゾーン「ヴァイオリン協奏曲」
会場:Tonhalle, Ehrenhof 1, 40479 Düsseldorf
16~39ユーロ
www.tonhalle.de

● 9月18日(日)~10月16日(日)
「ベスト・オブ・ノルトライン=ヴェストファーレン」
Best of NRW
シューマン・カルテットがエッセン、ボン、メンヒェングラットバッハなど各地を巡回
プログラム:ベートーベン「弦楽四重奏曲第8番」、シューベルト「弦楽四重奏曲第13番」など
※ 公演日程、場所、チケットの詳細はwww.best-of-nrw.deより

 
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