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葉加瀬太郎インタビュー

「情熱大陸」──その言葉を聞いた瞬間に、頭の中に響く旋律がある。やさしく軽快、かつ力強い音色は、聴き手の心にすとんと落ち、住み着いてしまう。テレビでお馴染みのその音の持ち主は、言わずと知れたスター・ヴァイオリニスト葉加瀬太郎。彼の音楽を聴き、個性的なアフロヘアを揺らしながら、躍動感みなぎる音を奏でる姿を連想する人は多いはず。日本でヴァイオリンの音をお茶の間に浸透させ、演奏家、作曲家、エンターテイナーとして不動の地位を築いてきた彼が12月、ドイツ初公演を開く。クラシックの本場に降り立つに当たり、活動の軸である音楽への想いと現在の心境をうかがった。(編集部:林 康子)

はかせ たろう
1968年1月23日、大阪府生まれ。90年、東京藝術大学在籍中にバンド『KRYZLER&KOMPANY』を結成し、ヴァイオリニストとしてデビュー。96年、同バンド解散後、セリーヌ・ディオンのワールドツアーに参加し、世界的に名を知られるようになる。2002年、自身が音楽総監督を務めるレーベル「HATS」を設立。以後、プロデューサーとして活躍、数多くのテレビやラジオ番組に出演する傍ら、画家としての顔も持つ。07年より英国を拠点に活動中。代表作に、毎日放送(MBS)のドキュメンタリー番組『情熱大陸』のテーマ曲「情熱大陸」「Etupirka」やゲーム『ファイナルファンタジーXII』の交響詩「希望」、NHKの連続テレビ小説『てっぱん』のテーマ曲「ひまわり」など。

大好きな街に住んでいるという充実感は大きい

1996年から3年間、カナダが誇る歌姫セリーヌ・ディオンのツアーに参加し、世界をめぐる中で、ヴァイオリニスト葉加瀬太郎がいたく気に入った街、それがロンドンだ。そして2007年、恋焦がれ続けた地に居を構えた。それから5年。異国での生活のリズムは、掴めてきたのだろうか。

僕は、ロンドンという街のすべてが気に入っています。時間の流れ、気候、そして街を成す一番の要素である建物。レンガ造りで、白い窓枠があって、周りには緑がたくさんあって。写真でも、テレビの映像でも、ぱっと見て一番好きだと思うのは、やはりイギリスの街ですね。

ロンドンの自宅前で
ロンドンの自宅前で

そんな自分の好きな街に住んでいるという充実感は大きいです。随分前から、いつかロンドンに住みたいと思い続けてきて、それを実現できたわけだし、この街で家族との時間も持てるようになったので。日本での仕事量が減ったわけではありませんが、ロンドンで生活している時間と、日本でツアーを中心に仕事をしている時間のメリハリが付いたというか、オンとオフがはっきりしてきたことが、自分にとって一番大きな変化です。もちろん、ロンドンでも公演を行っているので、そのための準備や作曲の時間は必要ですが、(日本にいたときのように)毎日外に出て人に揉まれて・・・・・・ということがない。音楽家としての個人的な時間を取れるようになりました。

好きな場所で大切な家族と暮らすことの充足感、それは葉加瀬氏自身の演奏スタイルにも少なからず影響を与えている。

ロンドンで最初に公演をした際は当地の日本人の観客が多かったのですが、今では日本人とそれ以外の現地の観客の割合が半々くらいになってきました。観客にはリピーターが多く、(何度も足を運んでくれる)その気持ちがとても嬉しいですね。また、ロンドンでは日本で何十年も行っていなかったクラシカルなスタイル、つまりアコースティックな音で演奏しています。それは自分にとって新たな挑戦だし、ロンドンの観客にとっても、日本でポピュラーな音楽を手掛けている僕がロンドンでクラシカルな演奏をしている姿を見るのは初めての体験だったと思います。その意味で、自分とお客さんがお互いに育ってきたというか、僕のコンサートのスタイルが出来上がりつつある気がしています。

ロンドンでの生活が、葉加瀬氏に精神的な豊かさをもたらしていることは間違いない。とはいえ、英国と日本を行き来しながら年間100公演にもおよぶ超過密スケジュールをこなすのは、まさに神業。想像を絶するほどの体力、精神力を奮い立たせているのは、音楽への"情熱"以外の何物でもない。

(ロンドンに)住みたいという気持ちは抑えられないですから、大変なのは仕方ないですね。日本での仕事を少し減らしていければという気持ちがある一方で、ずっと公演活動を続けているので、ハードではあるけれど、やっている間はそれを頑張る、ということでしょうか。

また、家族はもちろん、スタッフも僕を支えてくれています。あとは、音楽をどこででもやりたい、という気持ちだけですね。デビューして20年が過ぎましたが、一度も公演をキャンセルしたことがないというのが僕の自慢だし、休めばそこで終わりだとも思っています。とにかく僕の音楽を欲し、求めてくれる人がいれば出向いていくというのが僕の使命ですから。そのことと、プライベートで過ごしたい場所が違うというだけの話です。

r葉加瀬太郎さん、ロンドンにて

ノンストップで走り続けるヴァイオリン弾き。今度のドイツ公演は、葉加瀬氏のロンドン公演を訪れた主催者のBerenberg Bankや会場となるオペラハウスの担当者から熱烈なラブコールを受けたことがきっかけだった。その依頼を快諾し、何ができるかと考え、主催者と共に温めてきた企画。それを披露する日を間近に控え、いくらか興奮気味に「今回の公演をとても楽しみにしている」と語る。

日本ではポピュラーな音楽で仕事をしていますが、何しろ僕の最も好きな音楽は公言しているようにブラームスです。恐らく僕がこれまで最も長く聴いてきた音楽がヨーロッパのクラシックで、中でもドイツ・ロマン派のブラームスやシューマンをこよなく愛しています。ヨーロッパのクラシック音楽には300年余りの歴史がありますが、僕はベートーヴェン以前、ドビュッシー以降の音楽にはそれほど興味がありません。心底好きなのが19世紀後半の音楽で、ブラームスの音楽をずっと追いかけてきました。今回の開催地は、その音楽が生まれたドイツ、しかもデュッセルドルフはシューマンとも縁の深い街なので、とても興味があり、自分にとって新たな挑戦になると思います。

会場が由緒あるオペラハウスであるということも、楽しみですね。アコースティックな音でコンサートをする場合は、ホールも楽器の1つになるので。素晴らしい会場で演奏できることは大変栄誉なことです。また、すでにドイツ各紙にも今回の公演を取り上げていただいていており、そうした皆様のご協力に感謝するとともに、その期待に精一杯応えたいと思っています。

ヴァイオリン音楽の"今"を創りたい

葉加瀬氏の言う「挑戦」とは? 日本で、「ヴァイオリンでポピュラーな音を作る」ことを音楽活動の原点としてきた彼は、クラシック音楽が深く根付き、聴衆の耳も肥えているドイツで、どんなチャレンジを目論んでいるのだろうか。

カドガンホールでのコンサート
カドガンホールでのコンサート

何を成し遂げたいかと言えば、僕の場合はいつでもどこでも同じだけれど、ヴァイオリン音楽の、何か新しいページを創ってみたいですね。ヴァイオリンの"今"を創り出せれば、と思っています。

ヴァイオリン音楽は19世紀に一度大きな花を咲かせました。しかし20世紀以降、ジャズやロックでも使われてはいるものの、もはやメインの楽器ではありません。そのように大きな音楽の歴史の流れの中で、ヴァイオリンという楽器が今、どのようなものを創り出せるかを探るというか。僕は19世紀のロマン派に影響を受けているので、それを踏まえつつ、今の自分のヴァイオリン音楽を創りたいと思っています。だから今回の公演では、クラシックに慣れ親しんでいるドイツの方々に新しいヴァイオリン音楽を聴かせたいですね。基本的にはいつも通りの演奏を心掛けますが、日本で行っているようなエンターテインメント色の濃いコンサートとは違う、クラシック音楽のスタイルで僕ができるすべてのことをやろうと思います。

プログラムは、挨拶代わりにシューマンの曲を弾くほかは、ほとんどが自作の曲です。前半はブラームスに影響を受けて作ったピアノ三重奏曲をメインに、後半ではイギリス室内楽管弦楽団のメンバーと一緒に僕の自作の曲と、ヴァイオリンに親しみを持っていただけるような曲をチョイスしています。

今回共演するのは、自身が敬愛して止まないイギリス室内管弦楽団のメンバーと、パートナーを組むポーランド人ピアニストのマチェック・ヤナス氏。彼らには、絶大な信頼を寄せている。

ピアニストのヤナス君とは、出会って6年程経ちます。もともとは僕がポーランドに出向いたときに彼のピアノを聴いて、その音色が気に入り、"ひと耳惚れ"をして「日本、ロンドンでの活動を一緒にしてくれないか」とお願いしたのがきっかけです。彼がまだ22、23歳の頃だったのですが、「君の10年を僕にくれ」と言ってね。それ以来ずっと一緒に活動しています。

イギリス室内管弦楽団については、もう小学生の頃から憧れ続けているアンサンブルで、数々のレコードを聴いて、ずっといつの日か共演したいと思っていました。ただ、誰とでもすぐに共演してくれるような楽団ではないので、ロンドンで何度も僕のコンサートを聴いてもらい、話をさせていただいて、かなり頑張って交渉した末に共演できることになりました。それから3年来、年に一度共演しています。

彼らは世界一高性能な職人集団で、あんな一糸乱れぬアンサンブルは聴いたことがない。ほかにはまずない音なので、共演はもう、言葉にできないほどすごい体験です。

ドイツ初公演の開催地となるデュッセルドルフ。欧州内でも特に日本人が集中するこの地で演奏することは、日本人同士のつながりを大切にしたいという彼の想いとも重なり合う。

デュッセルドルフは、日本人にとっては大きな意味を持つ街ですよね。僕はロンドンに住んで5年になりますが、やはり海外で暮らす日本人として、日本人同士のコミュニケーションはとても大切だと思っています。東北で大地震・津波が起きた3月11日、僕はロンドンにいたのですが、日本人同士が手をつないで、日本のために何ができるかと考え行動しているのを見て、僕も考えさせられました。日本人同士は一緒になっていかなければいけないと。今回の公演でも、デュッセルドルフにいる日本人の皆さんに純粋に会いに行きたいという気持ちでいますし、多くの日本人の皆様に楽しんでいただきたいです。

できることを、できるだけ

日本人同士のつながりを葉加瀬氏に強く意識させた出来事、東日本大震災。その気持ちは、海外にいる日本人として、いち早くチャリティー・コンサートの開催に乗り出した行動力に、克明に表れている。地震発生から8カ月が経った今も、被災地の支援を続けたいという意志は変わらない。

3月11日の3日後に、ロンドン三越でコンサートを行いました。直後の2日間は自分でも何をして良いか分からなかったんです。そして3日後、今自分にできることは、ヴァイオリンを弾いて募金を集め、日本に届けることしかないと考えました。正直、自分の使命なんて考える暇もなく、ただ何かに突き動かされたように行動していましたね。でも、誰もが何かをしなければいけないという気持ちだったと思います。たまたま僕が周りの人たちに声を掛けたら、すぐに動いてくれたというだけで、自分1人の力で実現したわけではありません。あの時ばかりは、人のつながりというか、一団となる力を肌で感じました。とても速い動きの中で多くのお金を集められたというだけでなく、皆がすぐに行動し、それぞれできることをした、奇跡のような1週間でした。

日本人として、やれることを皆がやるべきだと思います。今、僕もツアーをしていますが、その中でずっとチャリティー活動も行っています。東北の被災地以外の場所にいると、皆どんどん普通の生活を取り戻しているので忘れがちですが、まだまだ日本は大変な時期なので。よその街ではなく、自分たちの国のことですから、やれることをやらなければいけない。無理をして自分がパンクしたら元も子もないですが、「できることを、できるだけ」というスローガンでやっています、僕は。

葉加瀬太郎さん、チャリティコンサート
ロンドンのセント・パンクラス駅で行ったチャリティー・コンサート(左写真)

その「できること」とは、音楽活動にとどまらず、絵画制作やテレビ番組の司会、ゲスト出演、ラジオのパーソナリティーなど多岐にわたる。音楽が活動の幅を広げ、そこで得られたものが、また音楽に集約する。程よいバランスが保たれているようだ。

絵画制作は、芸術活動として自分の中で大きな割合を占めています。主たる活動は楽曲制作や公演ではありますが、どうやっても飽きることがありますからね。そんな時に絵を描くと、とてもリフレッシュできます。僕にとって絵と音楽は、行ったり来たりしているものです。絵も音楽も、同じ心の中から発せられている。ただ、あまりにも作業工程が違うので、それが逆にリフレッシュという意味ではとても良いのです。絵と音楽が互いにインスピレーションを与えあっているのかもしれません。その自覚はありませんが。

テレビなどへの出演は自分が作った音、描いた絵を皆さんに届けるための作業、より多くのお客さんに届けるための手段と捉えています。コンサートに出掛けるための宣伝活動、というような意識です。

長期的な目標は持たない。
でも、ブラームスのソナタだけは続けたい

コンサートでは凝った演出で聴衆を沸かせ、テレビに出演しては明るいキャラクターとキレのあるトークで視聴者に好印象を与える一方、弦と弓から紡がれる音で聴き手の心を満たすヴァイオリニスト。マルチな才能を惜しみなく発揮する彼に音楽家としての理想像を訪ねると、「ない」との答えが。

葉加瀬太郎さん ピカデリーサーカス

長期的な目標は持たないことにしているんです。人生、"ローリング・ストーンズ"ですから(笑)。1年1年をしっかり生きる、その時やりたいことだけを考えています。だから、1年先までは見通していても、10年、20年先まではイメージしないことにしています。ただ、ブラームスの音楽だけは、自分にとって大切な世界なので、続けていきます。これは、日本でのビジネス的なコンサート活動とは全くリンクしていません。

30代までは、ブラームスのソナタを弾かなくても良いと思っていました。数々の素晴らしいヴァイオリニストが多くの名盤を遺しているし、専門家もたくさんいるのでね。だから僕が弾かなくても良いと思って生きてきたんです。でも、40歳を迎える頃に自分とブラームスの関係を意識し始め、取り組むようになりました。始めてまだ5、6年ですが、60歳くらいまでには自分のものにしたいと思っていて、そのときにはレコーディングをしたいなという気持ちもあります。彼が遺した3つのヴァイオリンソナタは、僕にとっては聖書のような音楽なので、一生付き合っていきたいです。

葉加瀬氏にとって、4歳の頃、物心ついたときには始めていたというヴァイオリンは、単なる商売道具の域を超えた体の一部。クラシック音楽の演奏の際には、1714年製のストラディヴァリウスを使用している。世界で5本の指に入るとされる歴史的なヴァイオリンは、持ち歩くのも緊張するほどだと言う。その楽器を手に、そして溢れんばかりの情熱を胸に、ヴァイオリニスト葉加瀬太郎がデュッセルドルフ、オペラハウスの舞台に立つ。

葉加瀬太郎 ドイツ公演
Berenberg Asia Classics TARO HAKASE

日時 2011年12月5日(月) 19:30
料金 17.30~74.80ユーロ
会場 Deutsche Oper am Rhein
Opernhaus Düsseldorf
Heinrich-Heine-Allee 16a, 40213 Düsseldorf
曲目 ロベルト・シューマン「ロマンス」、
フリッツ・クライスラー「プレリュードとアレグロ」、
ヨハネス・ブラームス「ハンガリー舞曲」ほか
共演 マチェック・ヤナス(ピアニスト)、 イギリス室内楽管弦楽団
チケット www.rheinoper.de
0211-8925211(Opernshop Düsseldorf)
主催 Berenberg Bank, kurwenalKULTUR
 
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