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ロンドンのゲストハウス
Di. 18. Dez. 2018
Daniel Mayer

首都ベルリンのぶどう畑で
ワイン造りに取り組む

ロワール地方のぶどう畑を見たことが、
すべての始まりだったんだ

今回の仕事人
Daniel Mayer
ダニエル・マイヤー

旧西ベルリン生まれ。アビトゥア取得後、国内外の醸造所で実習を積み、ガイゼンハイム大学で醸造学士の資格を取得。コルク会社、ワイン商で働いた後、ベルリンに個人事務所を開設し、ワイン関連の翻訳、営業、イベントなどを手掛ける。2011年からは、ベルリン、クロイツベルクのぶどう畑の栽培責任者も務めている。

ベルリンでは、15世紀からワイン用ぶどうが栽培されていた。栽培が途絶えたのは、気候の寒冷化が主な要因だったという。しかしながら、クロイツベルク地区の住宅街の一角に、1968年に開墾された小さなぶどう畑がある。樹齢45年のリースリングも健在で、ワインも造られている。「ベルリンが東西に分断されていた頃、クロイツベルクは西側のワイン産地の複数の都市と姉妹提携を結んだんだ。そうして友好の証しに、ヴィースバーデンからはリースリングの苗が、インゲルハイムからはシュペートブルグンダーの苗が贈られた。この贈り物のぶどうの世話と収穫までが僕の仕事なんだ」。ダニエル・マイヤー(41)がぶどう畑を見つめる視線は優しく、喜びに溢れている。

クロイツネロベルガー・リースリング
2009年産クロイツネロベルガー・リースリング

ロワールのぶどう畑が教えてくれたこと

ダニエルは西ベルリン生まれ。人智学を学んだ父親は執事などの職を転々とし、母親は作業療法士だった。5歳の時にシュトゥットガルトへ移り、父母の方針でヴァルドルフ学校(シュタイナー学校)に入学。その後、バーデン地方に引っ越してからも現地のヴァルドルフ学校で学び、アビトゥア(大学入学資格)を取得した。

その頃、フランス人のガールフレンドの故郷に遊びに行った。ロワール地方アンジューの近郊で、辺りは一面のぶどう畑。ありとあらゆるワインが造られていて、誰もが当たり前にワインを楽しんでいる。その光景は彼に強烈な印象を与えた。ダニエルの家庭では、父母はお酒を一切飲まず、彼自身も「アルコールは中毒症になる怖い飲み物」だとずっと思っていたからだ。

アビトゥア取得後、将来について考えあぐねていた彼は、職業情報センターで、どうすればワイン醸造家になれるかを調べた。1年の醸造所実習の後に大学で醸造学を学ぶ道もあったが、ダニエルは2年間実習を積み、適職かどうかを見極めた後に大学行きを決めることに。そして、地元バーデン地方のシェッツレ醸造所とベーリング醸造所で1年ずつ見習いとして働いた。実習中に、ワインがどんどん好きになった。大学で醸造学を専攻する前には、スイス、オーストラリア、そしてラインガウでも実習を積んだ。大学時代は3年間にわたって同級生と一緒にリューデスハイムのベルク・ローゼンエックというぶどう畑を借りて働き、ワインを造った。自分たちのワインを造る喜びはひとしおだった。「ロワール地方のぶどう畑を見たことが、すべての始まりだったんだ」。そう振り返る。

ワインをめぐっての回り道

2000年に大学を卒業すると、シュトゥットガルト近郊のコルク会社に就職し、3年間にわたってコルクの買い付けや品質管理、営業に携わった。そんなある日、ハンブルクのワイン商で働く友人から、社員募集の情報を得る。話を聞くうちに、自分に適した仕事だと思い、履歴書を送るとすんなり採用された。

ワイン商には6年にわたって勤務。この間、世界各地でワインを買い付けた。常時担当していたのが、ドイツのほかにチリ、アルゼンチンとウルグアイ。一時的にオーストラリア、ニュージーランド、ギリシャ、ブルガリア、オーストリアなども担当した。「大きな会社だったから仕事のストレスは尋常じゃなかったよ。とにかくやることが多過ぎるし、長期的な計画も必要だし。でも、未知のワインを発掘し、買い付けるという仕事はとても面白かった。退職して5年になるけれど、僕が当時開拓したワインが今もカタログに載っているのを見付けると嬉しいね。あのワインが、その後もずっとドイツで売れているんだと思うと、僕の仕事もまんざらじゃなかったんだって思えるから」。

故郷ベルリンで、ぶどう畑で働く喜びを再発見

2008年、ダニエルは31年ぶりにベルリンに戻って個人事務所を興し、まずワインに特化した翻訳業を開始。ワインの通販会社のウェブサイトやメーリングリストの翻訳を手掛けるうちに、ワイン関連のイベントプロデュースの仕事なども舞い込むようになった。スペインの醸造所のドイツ市場開拓の仕事も請け負っている。加えて2011年からは、クロイツベルクのぶどう畑の栽培も担当することになった。「ベルリンに戻って間もなく、前任者だったジャーナリストと知り合ったんだ。その後、彼に子どもが生まれ、畑の世話ができなくなるというので引き継ぐことにした。金銭的には割りに合わない仕事だけれど、充実感を味わっている」とダニエル。年間を通してぶどう畑で働くのは大学時代以来。クロイツベルクの猫の額ほどのぶどう畑で汗を流すうちに、ぶどう畑で働いていた頃の感覚が蘇ってきた。そして、自分はこの仕事が大好きなんだということに改めて気が付いた。

ダニエルは今年の収穫を最後に、ベルリンを後にする予定。まず南ドイツでワイン関連の就職先を見付け、生活の糧を得ながら妻と一緒に小さな醸造所を興したいと夢見る。「大学時代の友人が親の醸造所を継いでトップクラスのワインを生産していたりするから、僕には醸造所なんてとても無理だとずっと思っていた。でも、一流じゃなくても、畑を借り、知人の醸造所の設備を借りて家族や仲間と楽しく飲める少量のワインを造り、順調にいけば、少しずつ規模を大きくしていけばいいと思えるようになったんだ」とダニエル。造りたいワインは決まっている。エレガントなシュペートブルグンダーとシャンパンスタイルのゼクトだ。

クロイツベルク・ワイン情報
畑面積:約10アール
植樹数:約500本
栽培品種:リースリング、シュペートブルグンダー
リースリングの銘柄/醸造所:Kreuz-Neroberger Riesling, Weingut Höhn, Wiesbaden
(クロイツベルクのぶどうとヴィスバーデン、ネロベルクのぶどうを一緒に醸造)
シュペートブルグンダーの銘柄/醸造所:Kreuzberger Spätburgunder Weißherbst, Weingut Emil Reisinger, Ingelheim
ともに非売品だが、在庫があれば、フリードリヒスハイン・クロイツベルク区役所に1本当たり10ユーロを寄付して受け取ることができる。
www.berlin.de/ba-friedrichshain-kreuzberg

Daniel Mayer
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www.hauptstadtwinzer.de

 

 
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岩本順子(いわもとじゅんこ) 翻訳者、ライター。ハンブルク在住。ドイツとブラジルを往復しながら、主に両国の食生活、ワイン造り、生活習慣などを取材中。著書に「おいしいワインが出来た!」(講談社文庫)、「ドイツワイン、偉大なる造り手たちの肖像」(新宿書房)他。www.junkoiwamoto.com
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