5月2日~11日まで、ベルリン市は終戦80周年を記念して、「ナチス支配からのヨーロッパの解放」と題して数多くの記念行事が開催されました。
その幕開けとなった野外展示を見ようと、5月3日の午後、ブランデンブルク門前に足を運びました。ナチス・ドイツのポーランド侵攻から始まる第二次世界大戦を、独ソ戦、太平洋戦争、故郷を失った人々、ニュルンベルク裁判など、いくつかのテーマに分けて大判の写真で紹介した展示は、多くの市民や観光客の注目を集めていました。
ブランデンブルク門前で始まった終戦80年の野外展示
私が特に印象に残ったのは、1945年5月頭、殺害されたドイツの武装親衛隊とその横に立っているロシア兵を捉えた写真でした。地下鉄オラニエンブルク門駅前の今も面影が残る場所での凄惨な光景は、生々しく心に迫ってきたと同時に、あの終戦から人間の寿命に近い歳月がたったことの感慨も混じり合いました。
欧州が再び戦時下となったことは、終戦80年の記念行事にも深い影を落としています。ドイツ外務省は「ウクライナ侵攻の正当化を防ぐため、ロシアとベラルーシの代表団を公式の追悼の場に招くべきではない」というガイドラインを発表し、論議を呼びました。2015年の終戦70年の時には、ティーアガルテン地区のソ連追悼碑の前で無数の花輪やロシア国旗を見かけ、プーチン大統領支持派のバイククラブ「夜のオオカミ」の一団まで出現したのが思い出されますが、今回の記念日はまったく異なる様相を呈しました。
終戦80周年を記念する礼拝が行われたカイザー・ヴィルヘルム記念教会
その一方、在ドイツロシア大使のセルゲイ・ネチャエフ氏は、ベルリンの戦いの前哨戦となったゼーロウ高地の戦いの追悼式典に「私人」として参加。聖ゲオルギー・リボン(ロシアではプーチン支持と見なされる)を身に付けていたことから、ウクライナ大使は同氏を「80年前と今日の犠牲者に対する嘲笑だ」と批判しています。大戦の犠牲者を追悼する場においても、相互不信が渦巻く状況になってしまっているのです。
5月8日の午後、カイザー・ヴィルヘルム記念教会に足を運びました。この日の午前、教会の礼拝堂ではベルリンのヴェーグナー市長、シュタインマイヤー大統領、そして就任直後のメルツ首相らが参列して、終戦80年を記念する礼拝が行われました。私が訪れた頃は一般にも再び公開され、「未来のために記憶する」というテーマによるさまざまなレクチャーも開催。破壊と分断による苦しみを経験したベルリンだからこそ世界に貢献できることは何なのか、これからも考えていきたいと思います。