先日、ユニークな室内楽フェスティバルを体験する機会がありました。ベルリンのハンス・アイスラー音楽大学との協力で開催されたもので、その名は「ムゼティカ」(Musethica)。11月8日の閉幕コンサートを聴くため、同大学のホールに足を運びました。プログラムを見て驚きます。一般に公開されるのは、この日のコンサートを含めて3回のみ。それ以外の公演(全部で19もあります)は、ベルリン市内の病院、ホスピス、小学校、刑務所、女性保護施設などで無料開催されるのです。
「ムゼティカ」のコンサートの様子
「ムゼティカ」は、2012年にテルアビブ出身のヴィオラ奏者、アヴリ・レヴィタン氏によって創設されました。音楽大学の教授でもある氏によると、「音大のカリキュラムがリハーサル、授業、各クラスの発表の準備などに重点が置かれ、聴衆の前で演奏する機会が少ない」と感じていたことが、このプロジェクトを立ち上げるきっかけとなったといいます。参加した若手演奏家は、著名な音楽家の指導を受けながら1週間のリハーサルとワークショップに集中的に取り組み、その後のコンサートの約85%は、前述のような社会施設で行われます。
プロジェクトに参加する演奏家にとって重要となるのは、「社会における自らの責任を認識することと、聴衆との直接の対面」。普段クラシック音楽に触れる機会がほとんどない聴き手の前で演奏することは、時に双方にとって予期せぬ触発を生み出します。
ハンス・アイスラー音大で行われたEuphorie Quartetのコンサートより
「ベルリンの精神科病院で演奏した時のことです。コンサート後、患者の1人が立ち上がって、『とても感動しました! でも皆さんはどうでしたか?』と叫んだのです。このような会話は、コンサートホールでは決して体験できません」(あるヴァイオリン奏者)。「ホスピスでのコンサートで、ある女性が『別の世界にいるようでした』と感謝の意を伝えてくださったのですが、その言葉は『音楽とは何なのか? 音楽をつくることの意味とは?』と参加者全員に問いかけました」(レヴィタン氏)。
この夜演奏されたエネスクのピアノ四重奏曲第1番とシューマンのピアノ四重奏曲は、よく知られた曲ではないものの、そのことは重要ではありません。若手の弦楽四重奏団「Euphorie Quartet」の演奏には、美しさと同時に、人間的な経験を重ねてきたがゆえのたくましさもみなぎっていました。ムゼティカはすでに十数カ国に広がり、音楽教育のメソッドとしていくつかの音楽・芸術大学で取り入れられているそうです。
Musethica:www.germany.musethica.org



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中村真人(なかむらまさと) 神奈川県横須賀市出身。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。現在はフリーのライター。著書に『






