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ロンドンのゲストハウス
Sa. 24. Aug. 2019

次期EU委員長の政策を読み解く

7月16日にドイツのフォンデアライエン氏が、欧州議会によって次期EU委員長に選ばれた。

7月17日、ドイツ国防大臣を辞任したフォンデアライエン氏(中)。後任はクランプ=カレンバウアー氏(左)が務める7月17日、ドイツ国防大臣を辞任したフォンデアライエン氏(中)。後任はクランプ=カレンバウアー氏(左)が務める

多数の反対票

ドイツの社会民主党(SPD)や緑の党の議員らは、筆頭候補モデル(1102号「独断時評」参照)が欧州理事会によってなきものにされたことに抗議して、同候補への投票を拒否。フォンデアライエン氏が属するキリスト教民主同盟(CDU)の会派である欧州人民党グループ(EPP)からも、約20人の造反者が出た。

このためフォンデアライエン氏の得票数は、過半数の確保に必要な374票をわずか9票しか上回らなかった。約40%の議員が同氏への投票を拒否したことは、欧州議会の亀裂が深いことを示している。彼女は「民主主義では、(僅差でも)過半数であることには変わりない。2週間前に候補として指名されたときは過半数を確保していなかったが、各会派に私の政策を説明することで、過半数を超えられた」と述べている。

地球温暖化対策を重視

ドイツの経済学者や財界は、フォンデアライエン氏が7月16日の採決前に欧州議会で行った演説について、懸念を強めている。彼女が演説のなかでSPDや緑の党に近いリベラルな政策を提唱したからである。同氏はこの日、過半数を確保できる自信がなかったので、社民党勢力や環境保護会派のハートをつかむために、演説の内容を大きく「左旋回」させたのだ。

まず彼女は、現在最も重要なテーマの1つである地球温暖化対策に力を入れると明らかにした。具体的には、就任後100日間にわたり「欧州のためのグリーン・ディール」というキャンペーンを実施し、「2030年までに温室効果ガスの排出量を1990年比で40%削減」という欧州連合(EU)の目標を、少なくとも「50%削減」に強化する。さらに同氏は、「2050年までにEUを世界で最初の温室効果ガス排出量正味ゼロの大陸にする」と強調。正味ゼロとは、温室効果ガスの排出量と、人間が技術的に温室効果ガスを回収したり、自然の力で減少する量が同じになるという意味だ。

さらにフォンデアライエン氏は、欧州投資銀行(EIB)のなかに「気候保護銀行」を創設し、今後10年間に温室効果ガス削減のために1兆ユーロ(120兆円・1ユーロ=120円換算)の投資を行う。また独政府は今年9月に「気候保護法案」を閣議決定する方針だが、同氏も気候保護のためのEU指令を導入し、全加盟国に温室効果ガスの本格的な削減を求める。

これらの政策には、緑の党の会派にアピールするという狙いが感じられる。しかしフォンデアライエン氏は、どのようにして削減幅を40%から50%へ引き上げるかについては明らかにしていない。

EU最低賃金・失業保険制度を提唱

独経済界が特に懸念を強めているのは、フォンデアライエン氏が演説のなかでCDUの路線から逸脱して、ギリシャ、イタリア、スペインなどの南欧諸国さらにフランスの耳に快く響く政策を提案したことだ。例えば彼女は市民の所得格差を縮めるために、EU共通の最低賃金制度を導入する方針を打ち出した。これは、SPDのショルツ財務大臣が提唱している政策である。

だが独経済学者からは、「最低賃金よりも低い給料で働くことを拒否する人が増えるので、失業者数が増加する」という懸念の声が強い。さらに、EU域内の生活水準や物価水準には南北間で大きな違いがあるので、どのように共通の最低賃金を決めるのかについても未知数だ。そこでフォンデアライエン氏は、EU共通の失業保険制度を創設することも提唱している。彼女が考えているのは、ドイツ政府の短時間労働制度をEU域内に拡大することだ。

2009年にリーマンショックがドイツを襲ったとき、同国の国内総生産(GDP)は5%も下落し、多くのメーカーで受注額が大幅に減った。自動車メーカーなどは生産を縮小し、多くの従業員に自宅待機を命じなくてはならなかった。独政府は企業が熟練したエンジニアらを解雇しないように、労働時間の短縮によって給料が減った分の60%を負担。そのため、多くの従業員が路頭に迷わずに済んだ。2010年に製品受注が回復すると、独企業は自宅待機させていた従業員を直ちに工場に戻して、生産を再開することができた。もしも独企業が多くの従業員を解雇していたら、2010年以降急速に生産量を通常の水準に戻すことができなかったに違いない。フォンデアライエン氏はこの制度をEU全体に広げようとしているのだ。

安定協定の柔軟な運用?

特にドイツの財界が眉をひそめたのは、フォンデアライエン氏が「欧州通貨同盟の安定成長協定には、柔軟性を認めている箇所がいくつかある。われわれは投資や改革が必要な場合には、この柔軟性をフルに活用するべきだ」と述べている点だ。安定成長協定は、ユーロ圏加盟国に対し、毎年の財政赤字をGDPの3%未満、累積公的債務残高をGDPの60%未満に抑えることを義務付けている。フランスや南欧諸国からはこれまでドイツが要求してきた緊縮策が、経済成長を阻む足かせになっているという批判が強かった。

同氏が協定のどの部分を「柔軟性を許す部分」と見ているのかは不明だが、彼女の演説が自分を推挙したマクロン仏大統領に好まれる内容であることは確かだ。彼女が今後公約をどのように具体化するのか、一挙手一投足を欧州全体が注目するだろう。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題を中心に取材、執筆を続けている。著書に「ドイツの憂鬱」、「新生ドイツの挑戦」(丸善ライブラリー)、「ドイツ病に学べ」、「住まなきゃわからないドイツ」、「びっくり先進国ドイツ」(新潮社)など。
http://www.tkumagai.de
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