ADENI Recruitment Agency

ライン川水位低下と気候変動をめぐる議論

2026年のドイツの夏は、気候変動の影響を強く感じさせた。政界では猛暑対策について激しく議論が行われている。欧州の気候の激しい変化を最も端的に示したのが、ライン川の水位低下だった。8月14日にはラインラント=プファルツ州のカウプにあるライン川の水位計が、8センチという過去最低の水準を示した。内航運輸協会(BDB)は「この状態が続くとスイスからオランダまでライン川を航行することが不可能になり、貨物船が途中で折り返す必要が出てくるかもしれない」と発表した。

ライン川の水位低下により、オーバーヴェーゼルでは川底が露出し、水路が狭くなっていた(筆者撮影)ライン川の水位低下により、オーバーヴェーゼルでは川底が露出し、水路が狭くなっていた(筆者撮影)

製造業界に深刻な影響か

ドイツ気象庁によると、今年7月の同国での平均降雨量は1平方メートル当たり約40リットルで、昨年7月(約113リットル)の半分に満たなかった。欧州連合(EU)の気象観測機関コペルニクスによると、今年6~7月の西欧における平均気温は21.62度で、1991~2020年の平均を2.79度上回った。6~7月の平均気温としては最高値だ。

筆者は8月5日から10日間ライン川流域で取材したが、この間1回も雨が降らず、気温が一時38度まで上がった。多くの場所で川底が露出して河原のようになり、貨物船が通れる水路が狭まっていた。露出した川底に乗り上げたヨットも見た。ライン川での遊覧船の運航を一時取りやめる企業も増えた。

水位低下は、製造業界に影響を与え始めている。ライン川は、EUの内航運搬量の3分の2が通過する動脈で、2025年には2億8500万トンの原料、燃料、製品などが運ばれた。BASFやティッセンクルップなど多くの化学・鉄鋼メーカーがライン川に面した工場を持ち、原材料や製品の輸送においてこの川に大きく依存している。ノルトライン=ヴェストファーレン州の化学業界が使う原料の75%が、ライン川を通じて運ばれている。だが今年は水位低下により、多くの貨物船が運搬する物資の量を例年よりも減らさざるを得なくなった。

経済エネルギー省のカテリーナ・ライヒェ大臣は、「ライン川などの水位低下は、ドイツの主要な輸送ルートに悪影響を及ぼし、企業の輸送費用を引き上げている」と述べた。化学メーカーのコベストロ社(本社・レーバークーゼン)は8月14日、「ライン川の水位低下のためにドルマーゲン工場で原料調達に支障が生じ、契約通りの製品供給ができなくなった」と発表した。また、キール世界経済研究所のシュテファン・コーツ研究員は、「ライン川の水位低下のために、今年第3四半期の国内総生産(GDP)が0.1~0.2%減る可能性がある」という予測を公表した。

この夏には大半の州政府が、週末のトラック通行禁止措置を緩和した。ライン川で輸送できない物資を、トラック輸送するためだ。ただし産業界では「河川で運ばれる大量の貨物の輸送を陸上交通で完全に代替することは不可能だ」という悲観的な意見が強い。8月13日にはノルトライン=ヴェストファーレン州のヒュルトゲンヴァルトで大規模な森林火災が発生し、300~400ヘクタールが焼けた。一時は住民が避難を余儀なくされるなど、同州の森林火災としては最も深刻な事態だった。

1万4000人が暑さのために死亡

ロベルト・コッホ研究所(RKI)は8月20日に衝撃的な数字を公表した。RKIは、年間死亡者数に関する統計の比較に基づき、「今年初めから8月9日までに、暑さのために死亡した人の数は少なくとも1万4000人と推定される」と発表した。過去最悪の記録(2018年の約9000人)を約56%も上回っている。死者のうち約9600人は、特に暑さが厳しかった6月22~28日に亡くなった。暑さによる死者の75%に当たる1万500人は、75歳以上の高齢者だった。

ドイツでは日本に比べて、冷房が普及していない。特に高齢者介護施設や病院などでは、暑さ対策が不十分だ。気温が上昇した時に、お年寄りや持病を持つ市民を一時的に避難させる、冷房付きの休息場所も不足している。

このためカルステン・シュナイダー環境気候保護大臣など、メルツ政権に属する社会民主党(SPD)の大臣たちは8月16日、「猛暑対策パッケージ」を提案した。大臣たちは「気候変動は、世界中の人々、そしてドイツ市民にも深刻な影響を与え始めている」として、「連邦政府は猛暑、降雨不足、森林火災、河川の水位低下、飲料水不足などに対する包括的な緊急対策を実行するべきだ」と主張した。

さらにシュナイダー大臣らは、「市民を暑さなど気候変動の影響から守ることは、国家・社会全体の任務だ」として、暑さからの防護を憲法(基本法)に盛り込むことを提案している。現在暑さからの市民の保護は、地方自治体と州政府の任務だが、猛暑対策に回す予算がしばしば不足している。そこでSPDは、「猛暑対策を憲法に明記すれば、連邦政府が地方自治体や州政府に対して財政的な支援をすることが現在よりも容易になる」として、憲法改正を要求しているのだ。

一方、メルツ政権を構成するキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)はSPDの提案に反対している。CDUのフランツィスカ・ホッパーマン幹事長は8月23日、「連邦政府は、すでに気候変動エネルギー転換基金(KTF)という枠組みを持っており、猛暑対策費用はここから捻出すればよい。憲法改正は必要ではない」と発言した。背景には財政悪化への懸念がある。さらに憲法改正には議席の3分の2の賛成が必要だが、そのためにCDU・CSUは野党である緑の党や左翼党の協力を求めなくてはならないという事情がある。

気候学者たちは、地球全体で二酸化炭素排出量の大幅な削減が実現しない限り、気候変動の影響は将来さらに深刻化するとみている。猛暑対策は、今後も政界、経済界、社会で激しく議論されるに違いない。

 
  • このエントリーをはてなブックマークに追加


熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
Nippon Express SWISS 習い事&スクールガイド バナー