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日独エネルギー政策の違い

全世界に衝撃を与えた福島第1原発の炉心溶融事故から、11カ月が過ぎた。日本とドイツはともに天然資源に乏しく、物づくりの伝統を持つ主要工業国だが、福島事故後のエネルギー政策では全く異なる道を歩んできた。

メルケル政権は事故の直後「原子力モラトリアム」を発令し、1980年以前に運転を始めた7基の原子炉を即時停止させた。さらに国内のすべての原発が、地震や洪水、外部電源の喪失、航空機の墜落などに耐えられるかどうかについて、原子炉安全委員会(RSK)に「ストレス・テスト」を実施させた。

その結果RSKは、「航空機の墜落を除けば、ドイツの原子炉は高い耐久性を持つ。安全上の理由から、 直ちに原子炉を停止する必要はない」という結論に達した。しかしドイツ政府は、福島事故後に招集した倫理委員会の提言を受け入れて、「2022年12月31日までにすべての原発を廃止する」ことを盛り込んだ法案を、事故からわずか4カ月で成立させた。3月に止められた7基の原子炉と、以前からトラブルのために止まっていた1基の原子炉は、運転を再開せずに廃炉処分となる。

かつて原発擁護派だったメルケル首相は、福島事故に衝撃を受け、立場を180度転換して原発批判派になった。原発に固執していたら、緑の党に票を奪われるからである。

ドイツは、原子力をどのように代替するのか。中期的には天然ガスや燃焼効率の良い石炭火力発電所を使い、長期的には再生可能エネルギーに依存する。2050年までには、再生可能エネルギーが発電量に占める比率を80%に高めることを目指している。

これに対し、日本政府が福島事故後に、津波に対する防護の強化を理由に停止させたのは、浜岡原発 のみ。さらに野田政権は、長期的には原子力を使用し続ける方針と見られる。たとえば同内閣は、1月23日に原子力安全改革法案の中で、原子炉の稼動期間を原則的に40年とするが、例外的には20年の延長も認めるという方針を明らかにしている。

この違いはどこから来るのだろうか。最大の理由は、ドイツがいざとなれば周辺諸国から電力を輸入 できることだ。ヨーロッパでは、各国間の電力取引が日常茶飯事になっている。ドイツは元々電力の輸出量が輸入量を上回る「純輸出国」だったが、福島事故以降はフランスとチェコからの輸入量が2倍に増え、「純輸入国」になった。(つまり原子力による電力も輸入している)ドイツの送電事業者は、この冬に南部で電力需給が逼迫した場合には、ドイツだけでなくオーストリアの停止中の火力発電所を再稼動させて、電力の供給を受ける。現在は国境間の結節点が不足していることがネックになっているが、EUは電力市場の統合を強化する方針なので、将来は電力の輸出入がさらに促進される。

一方、電力を輸入できない日本では、家庭、企業とも節電のために必死に努力しており、政府も電力を節約するよう呼び掛けている。ドイツでは福島事故以降も、政府が消費者に節電を呼び掛けることはなかった。計画停電や、エレベーター、自動ドアの停止などの措置も行なわれていない。日本では原子炉が定期点検のために停止させられた後、県知事が再稼動の許可を出さないため、今年春には54基の原子炉がすべて止まる。この場合、エネルギー需給がさらに厳しくなる可能性もある。

ドイツ政府が長期的なエネルギー政策の進路を打ち出しているのに対し、日本では原子力の継続使用以外には方向性が見えない。市民や企業のエネルギー供給に関する不安を和らげるためにも、政府は一刻も早く長期的なエネルギー戦略を提示し、国民を巻き込んで本格的な議論を行なうべきではないだろうか。

1 Feburaury 2012 Nr. 904

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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