ジャパンダイジェスト

亡命申請者急増とネオナチの暴挙

8月21日の夜、ザクセン州のハイデナウに、約120人の亡命申請者がバスで到着した。彼らが寝泊まりするのは、空き家になっていた建築資材店である。すると約150人の極右勢力がこの施設前に集まり、彼らを罵倒し、警備中の警察官には石を投げつけた。

メルケル首相の対応に遅れ

極右勢力は翌日夜にも、この施設を攻撃。警官隊は催涙ガスを使って暴徒を追い払い、難民収容施設の周辺を立ち入り禁止区域に指定しなくてはならなくなった。この事件で警察官30人余りが負傷したが、ネオナチ関係者は1人しか逮捕されていない。ザクセン州警察が直ちに現場の警察官を増員せず、暴徒を厳しく取り締まらなかったことについて批難されている。

亡命申請者の数が急増する中、1990年代と同じように極右勢力が過激な活動に走り始めている。しかし、それに対する政府の動きは後手に回っており、ハイデナウの事件をめぐっては、ドイツ国内でメルケル首相の対応の遅さを批判する声が高まっている。

メルケル氏は、難民収容施設の前で暴動が起きたことが報道されても、極右勢力を糾弾する声明を直ちに発表しなかった。首相が「ハイデナウの事件はドイツの恥だ」と発言したのは、事件から3日経った8月24日のことである。さらに、報道機関などから「メルケル首相の対応が遅い」という指摘が高まったため、首相は26日になってようやく現地を視察した。

23年前にも同じ状況

私も、政府の対応は遅かったと思っている。この国の治安当局者は、事態のエスカレートを十分予測できたはずだ。なぜなら、ドイツでの亡命申請者の増加に伴い、極右の暴力行為が増えたのは、今回が初めてではないからだ。

憲法擁護庁によると、ドイツの極右勢力の数は約2万人。人口の約0.03%に過ぎない。しかし、数は少なくても、極右勢力は外国人にとって危険な存在だ。

欧州を分断していた「鉄のカーテン」が崩壊し、ドイツ政府が統一とともに国境検査を緩和した結果、ルーマニアなど東欧からの亡命申請者が急激に押し寄せた。1992年には、約44万人がドイツに亡命を申請している。そういった時代背景にあった90年代の初めに、極右の暴力の嵐は吹き荒れたのだ。

極右勢力は、亡命申請者が増えたことを口実に、外国人に対する襲撃を開始。特に旧東独のロストックでは、極右勢力が亡命申請者の収容施設に放火、投石し、周辺の住民が喝采を送る模様がテレビで放映された。そのほかの町でも、難民収容施設が暴徒に襲撃され、92年11月には、旧西独のメルンで極右の若者がトルコ人の家族が住む家に放火し、女性と子ども3人が焼死。93年6月にも旧西独のゾーリンゲンで、極右思想を持つドイツ人が民家に火をつけ、トルコ人の女性と子ども5人が死亡した。92年に極右勢力が引き起こした暴力事件の数は、90年の8倍となる2285件にまで増加。ネオナチによる暴力によって、外国人ら17人が殺害された。

メルケル政権は、92年と93年の状況を考えれば、亡命申請者の急増が極右による暴力を活発化させるという事態を十分予測できたはずなのだ。ネオナチは、外国人の急増についてドイツ市民が抱く不安や懸念を利用して、外国人排斥の思想を広めようとする。

外国人排斥運動と現体制への不満

なぜ旧東独では、極右による暴力が後を絶たないのか。旧東独は統一から約25年経った今でも、経済的に自立できず、納税者が支払う「連帯税」によって支えられている。旧東独に本社を持つ企業は少なく、失業率は西側よりも高い。優秀な若者は、どんどん旧西独に移住している。ザクセン州の人口は、東西が再統一した1990年以来、約100万人も減った。人口減少には、今でも歯止めがかかっていない。東ドイツでは、国営企業や役所を中心とした集団主義が社会の根幹だったが、ドイツ統一によって、そうした社会構造が崩壊し、「自分は負け組になった」と感じている人は少なくない。

また、旧東独では外国人の比率は約2%で、西側に比べるとはるかに低い。90年以前に東ドイツを支配していた社会主義政権は、ナチス時代の過去と批判的に対決する教育を、西ドイツほど徹底的に行わなかった。このため旧東独では、外国人に対する偏見が西側よりも強いのだ。旧東独には、ネオナチ政党「ドイツ国家民主党(NPD)」が地方自治体の選挙で約20%の得票率を記録する場所すらある。つまり一部の旧東独人は、外国人排斥という、政府および社会の主流派にとって最も不快な運動を展開することで不満をぶちまけ、現体制に対する抗議活動を行っているのだ。

2014年10月には、旧東独のドレスデンで、「西洋のイスラム化に反対する愛国的な欧州人たち(PEGIDA)」という市民団体が結成され、一時は約2万人がデモに参加した。PEGIDAには極右関係者が深く関わっていたが、メルケル政権は当初この団体を厳しく糾弾しなかった。今年、ドイツでは約80万人の外国人が亡命を申請すると予想されている。1992年の1.8倍だ。欧州連合域内で亡命を申請する外国人の約43%が、ドイツに集中している。市町村からは、連邦政府に援助を求める声が強まっている。

外国人問題の舵取りを誤ると、メルケル氏に対する逆風が強まるかもしれない。連邦政府は亡命申請者対策のための予算を増やし、人員も増強するべきだ。

4 September 2015 Nr.1009

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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