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難民問題で合意するも、CDU・CSU間に深い亀裂

7月3日、メルケル首相(キリスト教民主同盟・CDU)とゼーホーファー内務大臣(キリスト教社会同盟・CSU)は「難民対策において合意に漕ぎつけた」と発表し、大連立政権崩壊という最悪の事態を回避した。

だが3週間にわたる内紛は、2つの政党の間に修復が極めて困難な亀裂を生んだ。欧州では、発足からわずか4カ月間であわや空中分解状態に追い込まれたメルケル政権の前途を危ぶむ声が強まっている。

メルケル首相と、ゼーホーファー連邦内務大臣
7月3日、難民政策合意について発表したメルケル首相(右)とゼーホーファー氏

首相と内相が対立

今回の内紛が多くの国民に衝撃を与えた理由は、難民対策という政策論争が2人の政治家の感情的な対立に発展したことである。特に事態をエスカレートさせたのは、ゼーホーファー内相の最後通牒だ。彼は「ほかのEU加盟国で難民として登録された人については、ドイツ国境で入国を拒否する。もしもメルケル首相がEU首脳会議で実効性のある対策について合意できなかったら、ドイツが独自に入国拒否に踏み切る」と宣言した。彼は自分の主張が聞き入れられない場合には、内相を辞任するとまで啖呵を切った。

メルケル首相はゼーホーファー氏の主張について「難民政策はEUおよび周辺諸国と協議した上で決めるべきであり、ドイツが独断で入国拒否に踏み切ることは許されない」と真っ向から拒否。その上で「ゼーホーファー氏が首相の意向を無視して入国拒否に踏み切った場合には、首相の権限(Richtlinienkonpetenz)を侵すことになる」と威嚇した。メルケル氏が首相の権限という言葉を使ったことは、武士が刀を抜いたようなものだ。首相の権限を侵した閣僚は、通常罷免されるからだ。連邦議会のショイブレ議長(CDU)も、「首相の指示に反した閣僚が解任されるのはやむを得ない」と援護射撃を行った。

この言葉はゼーホーファー氏を激怒させ、「私のおかげで首相になった人物が、私を解任するというのか」とメルケル氏に対する批判をエスカレートさせた。通常政治家の感情的な言葉の応酬は密室で行われるものだ。だが今回はメルケル氏・ゼーホーファー氏ともに挑発的な発言を公の場で行った。これは異常な事態である。またゼーホーファー氏はCSUの会議でメルケル氏について「もうこの女とは一緒に働くことはできない」と語ったと言われる。CSUの別の幹部は「メルケル氏は退陣するべきだ」と発言した。

地元でAfDの躍進を恐れるCSU

CSUは今年10月に行われるバイエルン州議会選挙で、極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)に票を奪われて、単独過半数を達成できないことを恐れている。このためゼーホーファー氏はAfDから支持者を奪回するべく、難民政策を急激に右傾化させメルケル氏に対する態度を硬化させているのだ。だがメルケル氏も壁際に追い詰められていた。もしもゼーホーファー氏を解任するか、彼が内相を辞任していたらCSUが抗議のために大連立を解消し、政権が崩壊する危険があったからだ。その場合、連邦議会選挙をやり直すことが必要となり、ドイツに再び政権空白状態が出現することになる。政治が混乱して大喜びするのはAfDだけだ。

メルケル氏は、6月28日から2日間にわたって行われたEU首脳会議で、EU外縁部の警備強化などによって難民の流入をこれまで以上に制限することや、ギリシャ、スペインとの間で登録済みの難民の送還に関する合意をまとめることに成功。ゼーホーファー氏は「これらの合意だけでは不十分」と難色を示したものの、メルケル氏は最後の瞬間に彼を説き伏せた。

トランジット方式は機能するのか?

両者の合意によると、ドイツ政府はオーストリアとの国境に近い地域に「難民審査センター」を設置する。CSUはこの施設をトランジット・センターと呼んでいる(社会民主党はこの言葉に難色を示しているので、公にはトランジット・センターとは呼ばれない)。

オーストリアからドイツに入国しようとする難民が、すでに別のEU加盟国で難民として登録されていることが分かった場合、その難民は48時間以内に最初の到着国へ送り返される。

メルケル政権は、「この施設は空港のトランジット領域と同じで、難民はここに入ってもドイツに入国したことにはならない。入国資格のない難民は追い返される」と説明している。つまりメルケル氏はトランジット方式を認めることによって、事実上国境での入国拒否を容認して、ゼーホーファー氏の顔を立てたのだ。

だが欧州の周辺諸国の間では、この合意について疑問の声も上がっている。たとえば「難民が最初に入ったEU圏内の国が、ドイツからの難民の送還を拒否した場合や、ドイツとの二国間協定の締結を拒んだ場合には、どうするのか」という疑問が出ている。オーストリア政府からは「引き取り手のない難民を、我が国に押しつけるのは御免だ」という批判も聞こえる。

メルケル氏の指導力にも疑問符

さらにドイツの論壇では「メルケル氏とゼーホーファー氏は協調路線を歩むことはできない」という観測が強まっている。その意味で、ゼーホーファー氏はメルケル政権にとって危機の火種であり続ける。AfDの脅威がなくならない限り、今後も「CSUの反乱」の炎が吹き上がるかもしれない。3週間続いた内紛はむしろAfDへの支持率を引き上げるかもしれない。閣僚の行動を十分にコントロールできない場合、メルケル氏の政権運営能力にも疑問が投げかけられるだろう。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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