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ゼクトの世界へ 1

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ドイツのスパークリングワイン(ゼクト)市場は世界最大。消費量は年間4億本以上と言われ、全世界で生産されている20億本のスパークリングワインの5分の1以上がドイツで消費されています。本連載第31回で、シャンパンと同じ製造方法である伝統的瓶内醗酵のゼクトについて解説しましたが(819号2010年6月4日発行)、今号からは、ドイツの多彩なスパークリングワインの世界をさらに詳しくご紹介します。

シャウムヴァインからゼクトへ

シャンパンはフランスで誕生した当初、ヴァン・ムスー(泡立つワイン)と呼ばれていました。それをシャウムヴァインとドイツ語に直訳したのは、ゲーテと親交のあった18世紀の思想家ヨハン=ゴットフリード・ヘルダーだったと言われています。並行して、シャンパンという呼び名も広まりました。19世紀に入ると、「シャンパン」と呼ばれることが多くなり、ドイツ各地にシャンパン醸造所が誕生します。当時、本場シャンパーニュ地方でシャンパン製造に携わっていた技術者の中にはドイツ人も多く、泡立つワインをめぐってフランスとドイツの間には技術交流があったのです。

第1次世界大戦後の1919年、講和条約であるベルサイユ条約が締結されます。この条約にはライン川左岸の非武装化やアルザス=ロレーヌ地方のフランスへの返還などといった条項のほかに、「ドイツ製品はフランス名を使用できない」という条項も盛り込まれていました。これによって最も打撃を受けた製品が、フランス語の商品名を名乗っていたドイツ産のシャンパンとドイツ産のコニャックでした。そのため、この条項を「シャンパン条項」と呼ぶこともあります。以後、ドイツのスパークリングワインは徐々に「ゼクト」と呼ばれるようになります。

では、ゼクトという呼び名は、いったいどこから来たのでしょうか。その由来は、シェークスピアの『ヘンリー4世』のワンシーンだと言われています。19世紀前半、ドイツにルードヴィヒ・デヴリエンという舞台俳優がいました。彼はベルリンのジャンダルメンマルクト近くのシャルロッテン通り49番地にあった「ルッター&ヴェーグナー(Lutter & Wegner)」というワイン酒場の常連だったそうです。

ある夜、デヴリエンは『ヘンリー4世』の大酒飲みの騎士ファルスタッフ役を演じ終え、このワイン酒場にやって来ました。まだファルスタッフ役から抜けきれない彼は、酒場の主人に劇中のセリフで飲み物を注文します。そのセリフとは「Give me a cup of sack!」。「sack(サック)」はシェリー酒のことですが、酒場の主人は、彼が無類のシャンパン好きであることを承知していたので、代わりにシャンパンをサービスしました。以来、その店ではシャンパンのことを「サック」または「ザック」と呼ぶことが流行り、それがいつしか訛って「Sekt」になったのだそうです。

当初、ゼクトという呼び名はこの酒場の常連たちの間だけで使われていましたが、やがてそれがベルリン中に、そして1900年頃にはドイツ中に広まったと言われています。ちなみに1811年創業の「ルッター&ヴェーグナー」は、シャルロッテン通り56番地で復帰営業しており、現在はベルリン市内各地やハンブルクなどにも支店があります。

 
Weingut Dr. von Bassermann-Jordan
ドクター・フォン・バッサーマン=ヨルダン醸造所
(プファルツ地方)

クラウス&ズザンネ・ルンメル夫妻

フランス・サヴォワ地方出身のヨルダン家が1718年に創業した醸造所。1783年にダイデスハイムで開業した。2002年からは、ノイシュタットの企業グループ、ニーダーベルガー社の所有となる。同醸造所のワインは、ヨハン=ヴォルフガング・ゲーテやヴィルヘルム・ブッシュなどが愛飲していたことでも知られる。現在は20の単一畑に自社畑を所有。その合計は49ヘクタールに及ぶ。1996年ヴィンテージから醸造責任者を務めるウルリヒ・メルの、テロワールの個性を最大限に引き出したリースリングは、いずれも奥行きと深みがあり、エレガントな仕上がり。ブルグンダー品種からも個性豊かなワインを生産している。2011年からはアンフォラで「ピティウム(Pitium)」の白(ムスカテラとゲヴュルツトラミーナーのブレンド)と赤(カベルネソーヴィニヨン)を醸造。アンフォラでの醸造には、酸の量が控えめの品種が向いているという。いずれも繊細な風味を保った優しい味わいのワインに仕上がっている。VDP会員。

Kirchgasse 10, 67146 Deidesheim
Tel. 06326-6006
www.bassermann-jordan.de


2007 von Bassermann-Jordan Riesling brut nature
2007年 フォン・バッサーマン=ヨルダン
リースリング ブリュット・ナチュレ 21.90€

ワイン同醸造所では、ウルリヒ・メルが醸造責任者に就任してからゼクトの生産を開始した。コレクションは7種類。すべて伝統製法で造られている。2007年産リースリング、ブリュット・ナチュレは醸造所初のヴィンテージ・ゼクト。長年酵母と一緒に寝かされ、偉大なゼクトと称されるにふさわしい複層的な風味を獲得している。ブリュット・ナチュレは味わい(甘さ)を調節するリキュールを加えないゼクト。2007年は良いヴィンテージで、豊かな酸味を保ったリースリングを十分に収穫できた。そのため、ウルリヒはダイデスハイムのパラディースガルテンのリースリングの一部をゼクト用にキープしておいたという。初リリースは2010年。2012年以降は、クリスマスシーズンに600本ずつデゴルジュマン(澱抜き)を行っている。シャンパン派には、ピノノワール、シャルドネ、ピノブラン(比率60:30:10)のブレンドから造られるノンヴィンテージ・ゼクト「ピエール」ブリュット(18.90ユーロ)がお勧め。


 
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岩本順子(いわもとじゅんこ) 翻訳者、ライター。ハンブルク在住。ドイツとブラジルを往復しながら、主に両国の食生活、ワイン造り、生活習慣などを取材中。著書に「おいしいワインが出来た!」(講談社文庫)、「ドイツワイン、偉大なる造り手たちの肖像」(新宿書房)他。www.junkoiwamoto.com
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