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カビネットと シュペートレーゼの物語

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ドイツワインについて知ろうとするとき、避けて通れなかった概念がありました。それは、収穫時のぶどうの糖度に従って6つのランクに分類されるワインのカテゴリー、カビネット、シュペートレーゼ、アウスレーゼ、ベーレンアウスレーゼ、アイスワイン、トロッケンベーレンアウスレーゼです。この6つは、いずれもプレディカーツワイン(Prädikatswein)に含まれます(本コラム第3回参照)。

自然条件が整わないと造れず、もともと生産量が少ないベーレンアウスレーゼ、アイスワイン、トロッケンベーレンアウスレーゼは別として、近年、カビネット、シュペートレーゼ、アウスレーゼの辛口ワインが、やや減少傾向にあります。ドイツ・プレディカーツワイン生産者協会(VDP)の「テロワールを基準とする格付け」の影響力が大きくなっている現在、VDP会員以 外の醸造所も、辛口ワインにおいては糖度で分類せず、エステートワイン、村名ワイン、畑名ワインの3段階を採用するケースが増えているのです。そして、甘口ワインを好む少数派の顧客のために、従来のカビネット、シュペートレーゼ、アウスレーゼを限定的にリリースしています。

歴史を紐解くと、「カビネット」の語源は中世にさかのぼります。16世紀初頭、ラインガウ地方のエーバーバッハ修道院では、修道士の仕事部屋のいくつかをワインセラー代わりにし、「シャッツカマー(Schatzkammer / 貴重なワインの保管庫)」として使っていました。このシャッツカマーが当時「カビネット(Cabinet)」と呼ばれており、今日のワインの等級を意味するようになりました。

シュペートレーゼの語源もラインガウ地方の逸話に由来します。18世紀初頭より、同地方のシュロス・ヨハニスベルクの醸造所はフルダ司教区の管轄下にあり、ワイン用ぶどうの収穫は、領主司教の許可を得た上で開始しなければなりませんでした。1775年の秋、フルダに送り込まれた伝令が2週間ほど遅れて戻ったために、収穫期がずれ込み、修道士たちは腐敗したぶどうを収穫することになりました。幸い、腐敗は貴腐であり、ワインは素晴らしい出来となりました。これがドイツにおけるシュペートレーゼ(遅摘み)、そして貴腐ワインの誕生エピソードです。

カビネット、シュペートレーゼ、アウスレーゼは、本来、北国ドイツで生まれた残糖のあるワインでした。気温が低いために収穫期を遅らせることができ、セラー内の温度が低いために完全発酵しないことがあったのです。

畑の格付けの考えが広まり、辛口ワインにおける「肩書き」を省略することが一般化しつつある今、カビネット、シュペートレーゼ、そしてアウスレーゼは、甘口ワインに限定された肩書きに戻りつつあるようです。

ご参考までに、オーストリアにも糖度の基準数値などは異なるものの、カビネット、シュペートレーゼ、 アウスレーゼがあります。シュペートレーゼの英語訳「レイト・ハーヴェスト」は、遅摘みぶどうから造るデザートワインを指し、米国、オーストラリア、チリなどでも生産されています。フランス語ではヴァンダンジュ・タルディヴと言い、主にアルザス地方で甘口のデザートワインが生産されています。

 
Weingut Kruger-Rumpf
クルーガー=ルンプ醸造所(ナーエ地方)

シュテファン&ゲオルグ・ルンプ父子
シュテファン&ゲオルグ・ルンプ父子

1708年創業。シュテファン&ゲオルグ・ルンプ父子の生み出すワインは高品質でリーズナブル。ぶどう畑はナーエ地方のほか、隣接するラインヘッセン地方にもある。長年にわたり、収穫量を極度に切り詰め、完璧なぶどうを選別。作為のない「クルーガー=ルンプ」ならではのスタイルを持つ。1992年よりVDP会員。品種ではリースリングに力を入れており、VDPグローセ・ラーゲ(特級畑)に指定されているミュンスターのピッタースベルク(デボン紀粘板岩土壌)、ダウテンファルツァー(主に珪岩の風化土壌)の樹齢50年を越えるリースリングの古木からは、毎年味わい深い偉大なワインが生まれている。併設のワインシュトゥーベはルンプ家の食卓に招かれたような気持ちにさせてくれる店だ。

Weingut & Weinstube Kruger-Rumpf
Rheinstr. 47, 55424 Münster-Sarmsheim
Tel: 06721-43859
www.kruger-rumpf.com


2013年 シャーラッハベルク リースリング グローセス・ゲヴェックス2013 Scharlachberg Riesling Großes Gewächs
2013年 シャーラッハベルク リースリング
グローセス・ゲヴェックス 30.00€

クルーガー=ルンプ醸造所のぶどう畑のうち、ビンゲンのシャーラッハベルクだけがラインヘッセン地方にある。この畑は19世紀にはナーエ地方に属していたそうだ。VDP グローセ・ラーゲに指定されているこの畑は、VDP会員では同醸造所だけが所有。味わい深いグローセス・ゲヴェックス(辛口)が生まれている。南東向きの畑は、一部勾配率が36%の急斜面。粘板岩の風化土壌で鉄分が多いため、土が赤っぽい色をしている。2013年ヴィンテージは、10月末に糖度95エクスレで収穫。従来ならアウスレーゼの辛口に相当。糖度、酸度ともリースリングにとってほぼ完璧な状態で収穫され、非常にバランスが良く、ジューシーで生き生きした味わい。


 
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岩本順子(いわもとじゅんこ) 翻訳者、ライター。ハンブルク在住。ドイツとブラジルを往復しながら、主に両国の食生活、ワイン造り、生活習慣などを取材中。著書に「おいしいワインが出来た!」(講談社文庫)、「ドイツワイン、偉大なる造り手たちの肖像」(新宿書房)他。www.junkoiwamoto.com
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