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祝!100周年「フランクフルト・フェストハレ」

6月末の日曜日、ある誕生日を祝うため、そうそうたる顔ぶれがフランクフルトに集結しました。ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世、ボクサーのマックス・シュメリング、ミュージシャンのペーター・マッファイなどなど! 誕生日の主役は、フランクフルト・フェストハレ(Festhalle)です。これまでコンサートやスポーツ、サーカス、各種見本市など様々なイベントの会場として多くの観客を楽しませてきたフェストハレが今年、設立100周年を迎えました。

修復を経て姿を現したフェストハレ
修復を経て姿を現したフェストハレ

1909年5月19日、ドイツ男性合唱団コンクールの開催とともに、このドーム型の建物はオープンしました。その日は1万人以上の観客が詰め掛け、皇帝ヴィルヘルム2世夫妻の姿もあったそうです。当時この建物は、ヨーロッパで最大のドーム型建築物でした。

その後ここでは多種多様なイベントが行われ、様々なドラマが生まれました。ボクシングの試合では、マックス・シュメリングやヘンリー・マスクが活躍。テニスのスター選手ボリス・ベッカーがATPワールドツアーで2度の優勝を果たしたのもこの場所です。アントニオ猪木が格闘技世界一決定戦を戦ったこともあります。また、ドイツ・ポップ界の大御所ペーター・マッファイはここで通算34回も公演を行いました。

さらに、ここがコンサート会場として優れていることを示す逸話があります。イタリアの3大テノール歌手の1人、ルチアーノ・パバロッティがコンサートを行った時のことです。彼は前日に会場に現れ、このホールが自分の声にふさわしいかを自ら試すべく、アカペラで歌い始めたと言います。天才歌手は歌声が良く響くホールに満足し、次の日のコンサートは無事に開催されたそうです。

戦争がこの建物に暗い影を落とした時期もありました。第1次世界大戦時には軍の被服庫やキャンプ場として使われ、第2次世界大戦では建物が被爆し、大きな被害が出ました。戦後、修復工事が行われましたが、未完成の部分を残したままの状態が続きました。2006年に再修復が始まり、今年になってようやくオープン当時の姿が甦ったのです。

ホール内では様々な催し物が行われていました
ホール内では様々な催し物が行われていました

100周年を祝うこの日、フェストハレの中は一般公開され、ホール内はもちろん、普段は入れない舞台裏や楽屋まで自由に見ることができました。途中、冒頭で述べたスターたち(もちろん本物ではなくそっくりさん!)が舞台に集まり、建物を模った誕生日ケーキでお祝いしました。たまたま居合わせた私も、ちゃっかりゲット。ケーキを頬張りつつ、2度の戦争を経て今なお様々な場面で活躍するホールに畏敬の念を抱いたのでした。

シェフ自らケーキを切り分けてくれました
シェフ自らケーキを切り分けてくれました

石野 あやか(いしの あやか)
ドイツW杯の折に渡独。初めてのドイツ、初めてのヨーロッパの地がフランクフルトでした。昼間から堂々とビールを飲める素敵な文化に魅せられて、1年間の滞在予定が、気がついてみれば3年目突入。こうなったら、次のW杯もドイツで観戦だっ!
 
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