6月半ばの日曜日、博物館島のボーデ美術館に入り、案内に従って階段を何度も上がって着いた先の展示場は、思いのほかこぢんまりとしていました。ガラスケースで厳重に保護された絵画は、予想よりもずっと小さくA4サイズほどに過ぎません。
パウル・クレー「新しい天使」(1920年)Ⓒ The Israel Museum, Jerusalem, Elie Posner
それは、パウル・クレーが1920年に描いた「新しい天使」という名の水彩画。一般的にイメージする天使の姿ではありません。何かを凝視するかのように目を大きく開き、口を開け、羽を広げています。この絵を所有していたユダヤ人思想家、ヴァルター・ベンヤミン(1892~1940)が「歴史の天使」と呼び、20世紀のカタストロフィを予言するかのように論じたことで、深い意味を持つに至りました。
戦後80年を記念した特別展「歴史の天使」は、イスラエル博物館(エルサレム)を離れることが極めてまれな「新しい天使」の実物を目玉に、ベンヤミンとクレー、さらに「ベルリンの天使」を扱っています。
1933年にナチスが権力を掌握すると、ベンヤミンは亡命を余儀なくされます。彼は逃亡先のパリにまでクレーの絵を持ち込みましたが、第二次世界大戦の開戦後、大切に持っていたこの絵を友人に託し、スペインへの脱出を試みたものの失敗。1940年9月、自死を選んだのでした。
その死の数カ月前からベンヤミンが執筆していた「歴史の概念について」のオリジナルの原稿や、その思想に影響を与えたゲルショム・ショーレムがベンヤミンに宛てたポストカードも、クレーの絵と対比をなす重要な展示です。
映画「ベルリン・天使の詩」(1987年)Ⓒ Road Movies – Argos Films
この特別展には、ベルリンの美術館が所蔵する、戦争で傷ついた天使も飾られています。15世紀イタリアの彫刻家、ジョヴァンニ・バッティスタ・ブレーニョのひざまずく天使。カラヴァッジョの絵画「聖マタイと天使」は、45年5月、避難先のフリードリヒスハイン地区の防空壕が火災に遭ったことで、モノクロの複製物がその喪失を伝えます。
ベルリンの天使といえば、多くの人がヴィム・ヴェンダース監督の映画「ベルリン・天使の詩」(1987年)に登場する二人の中年天使を思い浮かべるのではないでしょうか。この映画の一部も展示で流されています。ヴェンダースと台本を書いたペーター・ハントケは、ベンヤミンのテキストから着想を得ていることを明かしており、映画には、クレーの絵を購入したベンヤミンの記録を読む女性を二人の天使が国立図書館で観察するシーンがあります。
「歴史の天使」は、今ならどこにいるのでしょう。ベンヤミンが遺したように、破局を見つめ、激しい嵐により翼を閉じることができないまま、未来へと追い立てられているのでしょうか。今年にふさわしい、観る者に内省をうながす展覧会でした。
「歴史の天使」展:www.smb.museum/engel