私たちの世界はさまざまな音で満ちています。目覚まし時計の音、雨の音、車のクラクション、人々の話し声、消防自動車のサイレン……。音のある世界が当たり前すぎて、もし突然全ての音が無くなったらどうなるのか、なんて想像がつかないのではないでしょうか?
先日、私の職場で恒例の社内遠足がありました。ハンブルク港のプロムナ-ドにあるカフェ「アレックス」でブランチと港の景色を楽しんだ後、徒歩でハーフェン・シティへ。倉庫街の一角にあるレンガ造りの建物「ダイアログハウス」に到着しました。この場所で常設されているワークショップ型の展覧会「Dalog im Stillen」(沈黙の中での対話)では、音のない世界を体験することができます。
ユ-モアたっぷりのガイドさんの手話によるお話
ダイアログハウスは、Dialoghaus Hamburug GmbHという公益社会企業団体によって社会貢献のために運営されています。2000年に開設されたこの施設では、ほかに「Dialog im Dunkel」(暗闇の中での対話)などの展示があり、視聴覚の障害がある人々と類似した状況を体験することで、先入観や偏見の壁を問い直し、共感と理解を深めることを目指しています。それぞれの展示では、実際に視聴覚の障害がある方が案内役を務めます。
最初に案内された部屋では、絶対に話してはいけないとの指示があり、防音ヘッドセットを装着しました。そこから全く無音の状態で、さまざまな展示室に案内されます。例えば「踊る手」という部屋では、さまざまな手の動きでコミュニケ-ションを取る練習をしました。ガイドさんのまさに踊るような手の動きが、沈黙の中で次から次へと言葉を生み出していくのに見とれてしまいました。
沈黙の世界への入り口
別の部屋では、表情、アイコンタクト、ジェスチャーで会話をします。言葉を使わない会話には、想像力やクリエイティブな思考がより必要だと感じました。初めはみんな、この未知の世界に少し戸惑っている様子でしたが、いろいろと試していくうちに、どんどんこの新しいコミュニケ-ションの可能性にはまっていき、とても楽しんでいるようでした。
最後には、子どものころに病気で聴覚を完全に失ったという男性ガイドの方から、聴覚障害についてのさまざまなお話が(手話の通訳者を通して)ありました。その方の手話や表情がとても豊かで、チャップリンの無声映画を思い出しました。
ダイアログハウスの赤い正面玄関 West
通常は援助される立場にいる障がいのある方々が、ここでは「専門家」として私たちを導き、無意識に抱いていた固定観念や、壁を超える可能性を教えてくれます。今回の体験を通して、言葉以外のコミュニケ-ションの多様性に感動しました。たとえ一つの器官が機能しなくても、ほかの器官と感覚でこの世界を感じられるというのは、すごいことなのだと思いました。
ダイアログハウス:www.dialog-in-hamburg.de
ハンブルグ郊外のヴェーデル市在住。ドイツ在住38年。現地幼稚園で保育士として働いている。好きなことは、カリグラフィー、お散歩、ケーキ作り、映画鑑賞。定年に向けて、第二の人生を模索中。