数カ月前から時々右側の太ももとふくらはぎの裏がピリピリと痛み、坐骨神経痛ではないかと疑っています。ぎっくり腰を何度か経験したことがある以外は、大きな病気をしたことがありません。健康のために毎週スポーツをしていますが、それと関係はあるのでしょうか。
Point
- おしりと下肢裏への痛み、しびれ感
- 痛みで生活の質が低下
- 原因の多くは脊椎にあり
- おしりの筋肉による神経圧迫も
- 治療はまず薬剤による保存療法
坐骨神経について
坐骨神経はどこからどこまで?
坐骨神経(Ischias)は,脊椎の第4、5腰椎(L4、L5)、第1~3仙椎(S1~ S3)からの神経がまとまり束になった、最も太く長い末梢神経(peripherer Nerv)です。おしりにある梨りじょう状筋(birnenförmiger Muskel)の下(まれに中、上)を通り、坐骨近くを経て、太ももから膝、ふくらはぎの後面を通りや足先まで伸びています。
坐骨神経の役割
下半身の運動と感覚を司っています。具体的には、太ももの後ろ側(ハムストリング)、ふくらはぎの筋肉、足と足指の動きへの司令を送り(運動神経)、それら部位からの触覚、温痛覚を脳に伝えています(知覚神経)。
坐骨神経痛とは
病名ではなく症状名(症候群)
一般的に坐骨神経の通り道のどこかで神経が圧迫されることによって生じる痛み(神経痛、Neuralgie、Nervenschmerz)を総称して、坐骨神経痛と呼びます。あくまで症状(Symptome)の表現で独立した病名ではありません。
坐骨神経痛の頻度は?
年間発生頻度は3~14%(2003年のOccup Environ Med誌、2006年のJoint Bone Spine誌)、1~5%(2007年のBr J Anaesth誌の総説)、10%(2017年のBMC Musculoskelet Disord誌)とばらつきがあるものの、生涯発生頻度は13~40%(2007年のBr J Anaesth誌の総説)と高く、多くの人が悩まされている症状です。腰痛患者だけに限ると、年間発生頻度は5~10%(2007年のBr Med J誌)、中には60%(2015年のBMC Musculoskelet Disord誌)と高い頻度の研究結果もあり、生涯発生頻度は49~70%にも達します(2007年のBr Med J誌)。
好発年齢、男女差は?
男女差はなく、40~50代以降に増えてきます(2007年のBr Med J誌)。一方、比較的に若い年齢で椎間板ヘルニア(椎間板が後ろの方向にずれることで生じる疾患)や、腰椎分離すべり症(椎体が前後にずれる疾患)を経験している場合は、早い年齢から坐骨神経痛に悩まされることもあります。
坐骨神経痛の症状
右か左(時に両側)の坐骨神経の支配している領域、すなわちおしり、太もも後面、ふくらはぎにビリビリ、ピリピリする痛み、しびれ感や脱力感が現れます。脊椎の障害範囲が馬尾神経にも及ぶと、排尿障害や男性ではED(勃起障害)の原因となることがあります。
症状悪化の要因
腰(腰椎)を曲げたり、ひねったりする作業、長時間の運転、身体的に不自然な姿勢を強いられる職種(2007年のBr J Anaest h誌の総説)、長時間座りっぱなしの生活(仕事)では坐骨神経痛が起こりやすくなります。脊椎に負担がかかる肥満(2014年のPhysiother Res Int誌)、妊娠にて大きくなった子宮による坐骨神経の圧迫も関与することがあります。
坐骨神経痛の原因
背骨に原因がある場合
坐骨神経痛の原因のほとんどは、腰椎の障害によるものです(日本整形外科学会)。若い世代では椎間板ヘルニア(本誌906号参照)が、60歳以降では脊柱管狭窄症によるものが多くなります。原因の一つにもなる腰椎すべり症には、分離すべり症と変形すべり症があり、前者は若い成長期のスポーツ活動が関与し、後者は高齢の女性に多くみられます。
おしりに原因がある場合
座ったり、歩いたり、走ったりした際に、前述の梨状筋が坐骨神経を圧迫して坐骨神経痛を生じることがあります。これを梨状筋症候群(Piriformis-Syndrom)と呼んでいます。
変形性関節症でも似た症状が
変形性関節症による関節炎の関連痛として坐骨神経痛と似た痛みを生じることがあり、坐骨神経痛との鑑別が必要です。
坐骨神経痛の治療
医療機関を受診する目安
症状が長引く場合(例えば発症から3日以上)、長時間歩けない、日常生活に支障がある場合には、掛かり付け医師(Hausarzt/-ärztin)あるいは整形外科(Orthopädie)に相談してみましょう。
保存療法と手術療法
イブプロフェン(Ibuprofen)などの非ステロイド性抗炎症薬、その効果が乏しい場合には筋弛緩薬、ステロイド剤などが用いられます。6~8週間以上改善しない場合は、ペインクリニック(Schmerzklinik)での神経ブロックも選択肢になります(日本ペインクリニック学会「ペインクリニック治療指針改訂第6版」)。これら保存療法で痛みや筋力低下が緩和されず、原因となっている障害場所が明らかな場合には、手術療法が考慮されることもあります。
坐骨神経痛の代替療法
痛みを和らげるために鍼治療(Akupunktur)、マッサージ(Massagetherapie)、日本では漢方(Kampo、2022年の日経DI)処方が用いられることもあります。
日常生活での留意点
椅子、ワーキングデスクの高さ
普段から背筋を伸ばすように心がけ、長時間座りっぱなしにならないようにします。仕事中の姿勢が前かがみにならないような高さの椅子や机を選びましょう。また、重いものを運ばないようにし、柔らか過ぎるマットレスは腰への負担が大きくなるため避けるようにします。
ハムストリングのストレッチは?
スポーツ前の準備運動でも行われる大腿部にあるハムストリング(大腿二頭筋、半腱様筋、半膜様筋)のストレッチは、坐骨神経が刺激されて、逆に坐骨神経痛が悪化する場合もあります。痛みが強まるような場合は避けるようにしましょう。
身体活動は勧められますか?
適度の身体活動は坐骨神経痛の症状のない人の発症を減らしますが、坐骨神経痛を患ったことのある人では発症を増加させる可能性が指摘されています(2007年のBr J Anaesth誌の総説)。
ノルディックウォーキングは?
椎間板ヘルニアが原因となっている坐骨神経痛では、背筋を伸ばして歩くノルディックウォーキングが推奨されています。一方で、腰椎すべり症や脊椎管狭窄症では背筋を伸ばした姿勢は反り腰の状態をつくるため、坐骨神経の通り道が狭くなり、かえって痛みが出やすくなることがあります。