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メタボリック症候群

日本の新聞、雑誌ではメタボリック症候群が話題になっていますが、具体的にはどういう病気なのでしょうか。

名前の意味と由来を教えてください。

ドイツ語ではMetabolisches Syndromです。直訳すると「代謝症候群」ということになります。症候群とはいろいろな病気や症状の集合体を言います。しかし、全ての代謝性疾患を含むのでは なく、主に栄養過多と運動不足から生じる不都合な状態を指します。具体的にはお腹に脂肪が溜まり、高血糖、高血圧、高脂血症のうち2つ以上を合わせもっている場合が当てはまります(後述、図1)。最近は、略して「メタボ」などということもあるようです。

連鎖球菌の模式図

どんな特徴がありますか?

一般的に病気とは痛み、不快感を伴うものですが、自覚症状に欠けるのがメタボリック症候群の特徴です。メタボリック症候群の中核をなす高血糖、高血圧、高脂血症は初期には症状がなく、痛みもかゆみもありませんが、50歳代より急増する心筋梗塞(こうそく)や脳卒中の重要な危険因子になっています。これらの大血管障害は生命の危険に直結するだけではなく、働き盛りの年齢に入って急に起こるため、経済的なダメージやその後の生活の質にも大きな影響を与えます。メタボリック症候群の人はそうでない人に比べて心筋梗塞や脳卒中などの大血管障害の発症率が何と 2倍半も高くなると言われています。

どういった人が気をつけるべきでしょうか?

一見すると欧州に比べて肥満者の割合は少ないのですが、日本の基準(表1)に従うと日本人の40歳以上の4人に1人が、そして中年男性に限ると、何と約半数がメタボリック症候群もしくは予備軍に該当するとされています。この4月にまとめられた政府の新健康フロンティア戦略賢人会議による「新健康フロンティア戦略」でも、男性のメタボリック症候群に警鐘を鳴らしています。女性にも当然メタボリック症候群はありますが、日本ではむしろ女性の「痩せ過ぎ」が問題となっています。

表1 日本のメタボリック症候群の診断基準
腹囲(へそ回り)* 男性:85cm以上
女性:90cm以上
a
空腹時の血糖値** 110 mg/dl 以上
b
安静時の血圧 130 / 85 mmHg 以上
c
中性脂肪(トリグリセリド)*** 150 mg/dl 以上
d
HDLコレステロール 40 mg/dl

aに加え、b、c、dのうち2項目以上あればメタボリック症候群と診断
* 日本国外では男性102cm以上、女性88cm以上とするところもあります
** 糖尿病の診断基準とは違います
*** 食後や前夜の飲酒により値が高くなります

「内臓脂肪症候群」や「インスリン抵抗性症候群」とは別の病気なのでしょうか?

メタボリック症候群はお腹に脂肪が溜まり、お腹が出ている人にみられるので、「内臓脂肪症候群」と呼ばれたり、膵(すい)臓から分泌されるインスリンの効きが悪くなるので「インスリン抵抗性症候群」、糖尿病・高血圧・高脂血症など動脈硬化の危険因子(リスク・ファクター)が重なることから「マルチプル・リスク・ファクター症候群」と呼ばれたりすることもあります。今から20年近く前は「シンドロームX」とか「死の四重奏」などと呼ばれていたこともありました(表2)。厳密な定義はそれぞれ違いますが、概念的には同じと考えてよいでしょう。

表2 メタボリック症候群の同意義語と類語
● 内臓脂肪症候群
● 生活習慣病
● インスリン抵抗性症候群
● マルチプル・リスク・ファクター症候群(多危険因子症候群)
● シンドロームX
● 死の四重奏

診断の基準は何ですか?

内臓の脂肪蓄積、高血糖の有無、高血圧、高脂血症が基準になります(表1)。値は日本と欧米では若干異なっています。日本での基準は今後も変わってくる可能性がありますので、あくまで参考値です。大切なのは、この基準を超えたらメタボリック症候群、値が1mg/dlでも低ければ大丈夫というのではなく、メタボリック症候群と診断される人は大血管障害を生じる危険がそうでない人よりも高いことを示しているだけと理解してください。

1. 内臓の脂肪蓄積の基準

何か難しい用語ですが、要するにお腹に脂肪が溜まっているということです。実際の程度は腹部CTなどの機械で測定しないと分かりませんが、便宜的にへそ回りの腹位測定(ズボンのサイズに 近い)で推定します。日本では、男性85cm以上、女性90cm以上を内臓肥満としています。

2. 高血糖の基準について

前日の夕食以降何も食べない状態で測定した空腹時血糖の値が 110 mg/dl以上の場合です。当然、糖尿病と診断された方はこの高血糖があるということになります。医学的には空腹時血糖が 110〜125 mg/dl の場合を耐糖能異常と呼び、126 mg/dl以上を糖尿病と診断します。耐糖能異常の人は、糖尿病のより詳しい検査のため通常は糖負荷試験が行われます。

3. 高血圧の基準について

安静時に右上腕で測定した時の血圧値が、収縮期(高い方の値) で130 mmHg以上か、拡張期(低い方の値)で85 mmHg 以上のいずれか、もしくは両者を満たす場合です。

4. 高脂血症の基準について

空腹時に測定した血清の中性脂肪(トリグリセリドとも言います)値が150 mg/dl 以上か、血清HDLコレステロール値(善玉コレステロール)が40 mg/dl 未満のいずれか、もしくは両者を満たす場合です。血清中性脂肪は食事(特に炭水化物)やアルコール にて上昇します。

尿酸値の上昇や血液凝固能の変化を伴うこともあります。メタボリック症候群の診断基準には入っていませんが、メタボリック症候群の人は血清の尿酸値もしばしば高めになっています。高尿酸血症は痛風の原因になります。また、血液の粘稠度が増して血液が固まりやすくなっていることもあります。これらの変化も心筋梗塞や脳卒中の発症、予後に好ましくない影響を与えると考えられています。

原因はなんでしょうか?

肥満がメタボリック症候群発症の大きな要因になっています。同じ肥満でも足が太くなる、腕が太くなるといった皮下脂肪の増加ではなく、お腹の内臓に脂肪が付く内臓肥満が引き金になります(図2)。内臓に脂肪が溜まると、脂肪細胞から出るアディポネクチンという物質の分泌が減り、その結果インスリン抵抗性が増 加し、耐糖能の低下、血圧上昇、高中性脂肪血症などの連鎖が引き起されると考えられています。肥満の基準は日本と欧米で大きく違っています(表3)。ドイツの医院で正常範囲と言われても、日本の基準では太っている場合もあります。

 図2

表3 BMIでみた肥満の診断基準
BMI (Body Mass Index) = 体重 kg / (身長 m)2
  日本 WHO
正常 18.5 - 24.9 18.5 - 24.9
過体重   25 - 29.9
肥満 25以上 30以上

どうして最近増えてきたのですか?

豊かな食生活、運動不足(そして、人によってはアルコール摂取)が大きく関与しています。食糧が豊かでなかった日本では過去に「栄養失調」はあっても、今日の「メタボリック症候群」などと言われる人は極めて例外的でした。もともと古代より私達の体は飢餓に対しての備え、すなわち体に栄養分を蓄える仕組みができています。最近までこのようなうまい仕組みが逆に動脈硬化を助長するとは誰も考えませんでした。食生活の改善と車の普及がもたらした予期せぬ国民病の到来とも言えます。

治療法を教えてください。

大切なことは生活習慣を改善することです。今までの生活習慣が決して悪かったというのではありません。若かった頃は体の新陳代謝でうまく処理出来ていたことも、加齢と共に体(お腹)にどんどん脂肪が溜まっていきます。ですから、今までと同じ食生活や運動を続けていたのでは改善は余り望めません。自宅で分かる変化の一番の目安は体重、BMI(表3)、そしてへそ回りの腹位です。日本人にも当てはまるかは定かではありませんが、今年4月に医学誌に発表された米国デューク大学の研究結果によると、肥満は職場での仕事とも関係するようです。

 図3

予防法はありますか?

休日は出来るだけ散歩したり、歩くことを心掛けましょう。平日でも、荷物がなければ1つ手前の駅で降りて歩きましょう。車はできるだけ目的地より遠くに停めてみてはいかがですか。心臓に持病がない人はエレベーターを使わずに階段を登ってみましょう(それで得をしたと考えてください)。運動はその量により、いくらエネルギーを消費したかということに注意が行きがちですが、大切なことは大きなエネルギー代謝の巨大な処理工場でもある筋肉を鍛えて処理能力を増すことです。現在早稲田大学でスポーツ科学を教えられている福永哲夫先生はこれを「貯筋する」と呼び、その記録帳を「貯筋通帳」と呼んでいます。確かに中年以降の私達の体には「貯筋」が大切と言えます。

薬物療法は必要ですか?

生活習慣の改善だけでは高血糖、高血圧、高脂血症などの値が正常にならない場合には必要に応じて、またその原因に応じて薬による治療が行われます。最近は効果のある良薬が色々あります。個々の病気と薬物治療については、かかりつけの医師と良く相談してください。大切なことは薬物療法も生活習慣の改善を伴ってこそ、大きな効果が得られるということです。例えば、高中性脂肪(トリグリセリド)血症のある人で晩酌の習慣があったり、付き合いで飲酒の機会が多い場合にはまずアルコールの量を減らす工夫から始めることが必要です。

ドイツで生活しているとメタボリック症候群にかかりやすくなりますか?

大柄な体格のドイツ人の中にいると、ほとんどの日本人は肥満とは無縁の体格に見えます。また、多少太っていた方が見劣りしないようにも感じたりします。しかし、糖尿病などの研究により、体内の代謝能力も欧米人と日本人(アジア人)には差があると言われています。一度、日本の肥満の基準と比較してみましょう。健康のために和食だけを食べる必要はありませんが、野菜、繊維類を多く摂取し、ドイツ人のようによく歩くことが大切です。美味しいビールやソーセージなどの肉類は上手に控えめに味わいましょう。

 
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馬場恒春 内科医師、医学博士、元福島医大助教授。 ザビーネ夫人がノイゲバウア馬場内科クリニックを開設 (Oststraße 51, Tel. 0211-383756)、著者は同分院 (Prinzenallee 19) で診療。

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