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ロンドンのゲストハウス
Fr. 19. Okt. 2018

設立90周年 バウハウスの栄光を振り返る BAUHAUS
バウハウス

Gropiuszimmer in der Bauhaus-Universität Foto: Maik Schuck ©Thüringer Tourismus GmbH

20世紀初頭にドイツで生まれ、世界にその名を馳せた「バウハウス」をご存じだろうか?この造形学校が生んだ優れた機能性やデザインの美しさに惚れ込んだ人は数知れず。1919年の設立からたった14年間しか存在しなかったにもかかわらず、近代デザイン・建築界に一大センセーションを巻き起こしたバウハウスの全貌に迫る。(編集部:林 康子)

バウハウスの思想
Ideen von BAUHAUS

すべての造形的作業の最終目標は建築である!
……建築家、彫刻家、画家、我々はみな、
手工業に立ち返らなければならない!
……芸術家は職人の延長上にある
( バウハウス・マニフェストより)
ヴァイマール時代
バウハウスの生徒たち
(1922年頃)
©Bauahaus Archiv Berlin

バウハウスの元々の構想は、20世紀初頭の工 業化と製品の大量生産化の発展により工業の一部へと組み込まれてしまった芸術を開放し、人間らしさや手作りの温かみ溢れる手工業芸術を復活させて、それを近代の生産プロセスに適合させるということであった。これにより、それまで伝統的に分類されていた造形、工芸、表現芸術が融合され、合理主義や機能主義などの新たな芸術概念が誕生。これらの概念が絵画や版画、写真などあらゆる芸術分野へと浸透していったのである。またバウハウスは、様々な芸術を結び付ける総体とし ての建築を目指し、この理想を各地の工業施設の建設や集合住宅のような住空間の創設において実現していった。

バウハウスの歴史
Geschichte von BAUHAUS

・ヴァイマール時代(1919~25年)

ハウス・アム・ホルン
ハウス・アム・ホルン
Haus am Horn, Foto: Maik Schuck,
©weimar GmbH

ドイツ中部の街ヴァイマールでのバウハウス学校新設に伴い招かれたのは、画家ライオネル・ファイニンガーやヨハネス・イッテン、ヴァシリー・カンディンスキーらそうそうたるメンバー。授業は講義中心の予備課程と、マイスターと呼ばれる芸術家や職人が運営する工房での作業課程から成っていた。当初の作品にはまだ表現主義の要素が強かったが、次第に目的合理性を重視した教育方針へと転換した。

1923年の作品「ハウス・アム・ホルン(Haus am Horn)」は外装、インテリアともに合理主義に基づいて建てられたものだが、周辺住民からは「機械的で冷たい」などと言われ、評判はあまり芳しくなかった。これ以降、バウハウスは共産主義的な思想を持っているとの噂が広まり、2年後に街を追われたのである。

・デッサウ時代(1925~32年)

デッサウ・バウハウス校
デッサウ・バウハウス校のガラス張りの
校舎 Foto: Kirsten Baumann 2005,
©Stiftung Bauhaus Dessau

1925年にヴァイマールの北東約170kmに位置するデッサウへの移転後、地元の航空機製造士フーゴ・ユンカースの保護を受け、さらには安定したリベラル層の基盤に支えられて、バウハウスは全盛期を迎える。教師マルセル・ブロイヤー、ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエらが新素材スチールを使用した家具を開発。この画期的な発明を機に、工業との連携を強化し始めた。

26年にはグロピウスが考案したバウハウスの新校舎が完成。ガラス張りの建物は特に人目を引く構造で斬新であると評価された。28年にグロピウスは退官、後任のスイス人建築家ハネス・マイヤーは、バウハウスが生み出す製品を庶民のニーズに合わせることに尽力した人物として知られる。

・閉鎖とその後の影響(1932年~)

デッサウ・バウハウス校の一室
デッサウ・バウハウス校の一室
Foto: Jutta Stein 2005,
©Stiftung Bauhaus Dessau

1930年からミース・ファン・デル・ローエがデッサウで校長を務め、バウハウスの表現様式はさらに拡大を続けて、工業デザイン、グラフィックデザインといった新しい分野の芸術を生み出すに至った。

しかし、32年にナチスがデッサウの地方自治選挙で勝利すると居を追われてベルリンへ移転、そこで最終的に閉鎖を命じられるという運命を辿った。閉校後、教師の1人モホリ=ナジ・ラースローはシカゴに「ニュー・バウハウス」を設立、グロピウスはハーバード大学大学院・デザイン科の教授に就任するなど、教師陣や生徒の多くは米国へ移住し、ドイツ発祥のバウハウスを海外に広めることに貢献した。

バウハウス造形学校の略年表

1902年 アンリ・ヴァン・デ・ヴェルデがバウハウスの前身「私立ヴァイマール工業ゼミナール」設立
1907年 「大公立美術工芸学校」に名称変更
1919年 ヴァイマール共和国成立。ヴァイマールの「大公立工芸学校」と1915年に閉校になった「ヴァイマール美術学校」が合併し、「国立バウハウス・ヴァイマール」設立。初代校長ヴァルター・グロピウス
1925年 デッサウに移転「市立バウハウス・デッサウ」設立
1932年 ベルリンに移転
1933年 ナチスの台頭により閉鎖
1976年 終戦時に破壊された建物の一部が修復
1996年 デッサウとヴァイマールの「バウハウス関連遺跡群」 が世界遺産に登録

バウハウスゆかりの地

設立90周年を迎える今年、バウハウスの軌跡が遺る国内各地でその功績や意義を振り返るイベントが目白押しとなっている。この機会にゆかりの地を訪ね歩いて、バウハウス通になろう!

bauhaus CARDs バウハウスカード
今年、チューリンゲン州内の4都市(アポルダ、イエナ、エアフルト、ヴァイマール)60カ所で開催されているバウハウス関連の展覧会のどれか1カ所を訪れると手に入るバウハウスカード。これを持っていると翌日の18:00まで、市内のその他の展覧会への入場が無料となる。バウハウスの遺産をとことん堪能したいという人にはオススメ!値段は6~15ユーロと都市によって異なるので、詳細はウェブサイト(www.bauhaus2009.de)で確認を。

・Weimar ヴァイマール

1919年にグロピウスがこの地にバウハウスを建てる前から、ここにはヴァン・デ・ヴェルデ率いる「大公立工芸美術学校」があり、そこには後のバウハウスの教育思想の原型が存在していた。バウハウス発展の前提が、この街には建設以前から整っていたのである。

ヴァイマール
左)バウハウス博物館、ペーター・クレーバーの揺りかご
Foto: Maik Schuck, ©Thüringer Tourismus GmbH
右)ヴァイマールのバウハウス大学・建築学科の作業場
Foto: Nathalie Mohadjer, ©Bauhaus-Universität

展覧会
バウハウス生誕の地ヴァイマール:
1919~25年の国立バウハウスとヴァイマールの関係
Das Bauhaus kommt aus Weimar – Das staatliche Bauhaus 1919-25 und seine Beziehnung zum historischen Weimar

バウハウス博物館
バウハウス博物館の外観と ゲーテ、シラー像
Foto: Maik Schuck, ©Thüringer Tourismus GmbH

ヴァイマール古典財団主催の展覧会は、バウハウスの思想やその根源を詳細に描き出し、ヴァイマールがバウハウス生誕にとっていかに相応しい基盤を備えていた街であったかを物語る。マイスターの絵画や写真、版画から学校創設の歴史、学校での生活を紹介する資料、建築のアイデアが詰まった製図などが、Bauhaus-Museum、Haus Am Horn, Neues Museum などで展示される。

7月5日(日)まで
TEL: 03643-545401
www.das-bauhaus-kommt.de

おすすめ
バウハウスとチューリンゲンの
ハイライトをめぐる2日間の旅

ハウス・アム・アンガー
エアフルトのハウス・アム・アンガー
Foto: Reinhard Lemitz, ©Stadtverwaltung Erfurt

>バウハウス所縁の街に1泊(ダブルルーム、朝食付き)
> パンフレット付きバウハウスカード(翌日18:00 まで バウハウス関連の展覧会とその他66カ所のチューリ ンゲン観光名所への入場が無料)
>バウハウス90周年に関する案内資料一式
>ダブルルーム:1人89 ユーロ~

予約・問い合わせ
Tourist Information Weimar
Markt 10, 99423 Weimar
TEL: 03643-7450

・Weimarer Land ヴァイマール周辺

ゲルメローダ、フォラースローダ、メリンゲン──バウハウス最初の巨匠画家ライオネル・ファイニンガーの作品とは切っても切り離せない地名だ。彼は自転車に乗ってこれらの地をめぐり、教会や村の風景をキャンバスに収めた。今なおヴァイマール周辺を自転車で走れば、彼が目にした風景に出合うことができる。

ダースドルフ教会とファイニンガー塔
左)ヴァイマールのダースドルフ教会
©Fremdenverkehrsverband Weimarer Land e.V.
Foto: Maik Schuck, ©Thüringer Tourismus GmbH
右)メリンゲンのファイニンガー塔
©Fremdenverkehrsverband Weimarer Land e.V.

おすすめ
ファイニンガーの軌跡を辿る自転車ツアー

自転車をこよなく愛したファイニンガー。彼の走った道、絵画のモチーフにした場所を、ガイドと一緒に実際に走ってみよう!

コース:ゲルメローダ教会、ファイニンガー塔、ヴァイマール・バウハウス大学など
所要時間:6時間

予約・問い合わせ
Fremdverkehrsverband Weimarer Land e.V.
Bahnhofstr.28, 99510 Apolda
TEL: 03644-540676
www.im-weimarer-land.de

・Jena イエナ

エルンスト・ノイフェルト作「Abbeanum」
エルンスト・ノイフェルト作「Abbeanum」Foto: Tino Zippel ©JenaKultur

ヴァイマール時代にはすでに近代芸術に対してオープンな環境が整っていたイエナで、バウハウスの芸術家たちは自由な発想を形にすることができた。市立劇場の中の「Haus Auerbach」や「Haus Zuckerkandl」、数学・自然科学研究所「Abbeanum」はバウハウスから多大な影響を受けた建築。また、イエナで発展したガラス工業もバウハウスのデザイナー、ゲルハルト・マルクスがデザインを手掛けたことで世界的に有名になった。

展覧会
カンディンスキーの絵画、デッサン、版画
KANDINSKY: Gemälde, Zeichnungen und Druckgrafik

昨年、イエナ芸術協会主催のカンディンスキー展で紹介された作品を基に、同展ではさらに展示内容を拡大。ヴァイマールとデッサウで制作された作品を通して、彼が辿った抽象画への道にスポットを当てる。

9月6日(日)~ 11月22日(日)
10:00 ~ 17:00 水14:00 ~ 22:00 土日11:00 ~ 18:00 
※月曜休館 9 ユーロ(割引7 ユーロ)
Kunstsammlung im Stadtmuseum Jena
Markt 7, 07743 Jena
TEL: 03641-498261
www.kunstsammlung.jena.de

・Erfurt エアフルト

マルガレータ・ライヒハルトの工房
マルガレータ・ライヒハルトの工房
Foto: Dirk Urban©Angermuseum Erfurt

エアフルトでは、特に企業家、芸術愛好者、芸術協会のイニシアチブで近代芸術が奨励され、市立美術館を中心に数多くの近代芸術関連の展覧会が催された。この街のある工場経営者の邸宅は芸術家や建築家の憩いの場となり、グロピウスも時折訪れたという。また、エアフルトに生まれ、デッサウのバウハウスで学んだ芸術家マルガレータ・ライヒハルトは1933年以降、同地で手織物工場を営み、バウハウスの精神文化を受け継いでいった。彼女の工場は今日、重要文化財として保存されている。

展覧会
バウハウスをめぐる争い:
対立に巻き込まれたヴァイマールのバウハウス
Streit ums Bauhaus - Das Weimarer Bauhaus in den Kontroversen seiner Zeit

バウハウスが外部から受けた影響、それにより直面した芸術的な立場をめぐる論争を絵画や彫刻などの作品を通して顧みる。バウハウスの芸術思想が、いかに流動的で多様なものであったかを知ることができる。

8月2日(日)まで 11:00 ~ 18:00 木~ 22:00
6 ユーロ(割引4.5 ユーロ)
Kunsthalle Erfurt im Haus zum Roten Ochsen
Fischmarkt 7, 99084 Erfurt
TEL: 0361-6555660
www.kunsthalle-erfurt.de

・Dessau デッサウ

バウハウス・デッサウ校の食堂
バウハウス・デッサウ校の食堂
Foto: Martin Brück 2004, ©Stiftung Bauhaus Dessau

バウハウスが興隆を極めたこの地は、今なお「バウハウス・デッサウ ──デザインの中心地」として、日々新しいデザインの形態を世界に発信し続けている。バウハウス・デッサウ財団は、60人以上のメンバーで構成される世界最大のバウハウス機関。バウハウス思想を次世代に継承するという同財団の使命の下、ここには古文書館、博物館、ホテル、アカデミー、舞台、研究所など主要関連施設が集結している。また、グロピウスが教師陣のために構想した「マイスターの家」もある。

展覧会
映像で見るバウハウス
Bauhaus in Aktion - Filmausstellung und Re-Konstruktion des Raumes der Gegenwart

資料館所蔵のフィルムを使って、バウハウスの歴史を振り返る展覧会。教師陣は実際にどのような指導をし、生徒はどのように学んでいたのかが、動きのある映像を通して明らかにされる。

10月4日(日)まで 10:00 ~ 18:00
6 ユーロ(割引4 ユーロ)
Stiftung Bauhaus Dessau Ausstellungsebene
und Bauhausbühne, Bauhausgebäude
Gropiusallee 38, 06846 Dessau-Roßlau
TEL: 0340-6508250
www.bauhaus-dessau.de

特別展覧会90周年記念を飾るハイライト
Modell Bauhaus モデル・バウハウス

各芸術の専門領域を越えて活動した建築、デザイン、造形、表現芸術の学校バウハウスの功績は、閉鎖後75年以上を経た現在でも色褪せることなく脈々と受け継がれている。

モデル・バウハウス
Wassily Kandinsky, 1924 ©VG Bild-Kunst, Bonn 2009

設立90周年を機に、バウハウス・デッサウ財団、ヴァイマール古典財団、ベルリンのバウハウス歴史資料館が共催する過去最大級の展覧会が間もなくベルリンにオープン!近代の発展と国際化に重要な役割を果たしたバウハウスの全貌解明を試みる同展は、通例のバウハウス展覧会のように工房ごとに分類して作品が展示されるのでなく、その発展を時系列で振り返る。また、発展史を辿る18の展示空間のほか、現代におけるバウハウスの意義を問う展示品にも注目したい。

7月22日(水)~ 10月4日(日) 10:00 ~ 20:00
10 ユーロ(割引8 ユーロ)
Martin-Gropius-Bau
Niederkirchnerstr.7, 10963 Berlin
TEL: 0340-6508200
www.modell-bauhaus.de

バウハウスを支えた人物たち

ヴァルター・グロピウス
Klassik Stiftung Weimar, ©VG Bild-Kunst, Bonn 2009
バウハウス造形学校の創設者
ヴァルター・グロピウス

1883年、ベルリン生まれの建築家。1900年代にミュンヘンやベルリンで建築学を学んだ後、フォームデザイナーとしてインテリア・デザインやディーゼル機関車の設計などを手掛けた。初期モダニズムの代表作に「ファグスの靴工場」(1911)がある。
ルートヴィヒ・ミース・ファン・ デル・ローエ
Bauhaus-Archiv Berlin ©VG Bild-Kunst, Bonn 2009
モダニズム空間の産みの親
ルートヴィヒ・ミース・ファン・
デル・ローエ

1886年、アーヘン生まれの建築家。1920年代にグロピウスやブルーノ・タウト、ル・コルビュジェらとともにベルリン近郊の集合住宅の設計を手掛けるなど、機能的でデザイン性に富んだモダニズム空間を次々に世に生み出していった。30~33年の閉鎖までバウハウスの校長を務めた。
ライオネル・ファイニンガー
Bauhaus-Archiv Berlin ©VG Bild-Kunst, Bonn 2009
キュビズムの代表的存在
ライオネル・ファイニンガー

1871年、米ニューヨーク生まれの画家。1910年代にフランス人画家ドローネーを通してキュビズムと出会う。1919年、バウハウスの印刷工房の責任者に就任。30~31年に設計に携わったハレ市のマルクト教会は、表現主義の要素を取り入れた彼の代表作。
ヨハネス・イッテン
Klassik Stiftung Weimar, ©VG Bild-Kunst, Bonn 2009
崇高な教育思想家で画家
ヨハネス・イッテン

1888年、スイス・ベルン生まれの芸術家、理論家。学校教師だったが、バウハウスの芸術家と交流するうちに美術に傾倒し、1917年にはウィーンに美術学校を設立。19年にバウハウスのガラス画、金属工房のマイスターとなり独自の色彩論を確立した。
モホリ・ナジ・ラースロー
The Museum of Mondern Art, New York, ©VG Bild-Kunst, Bonn 2009
バウハウスの海外普及に尽力
モホリ・ナジ・ラースロー

1895年、ハンガリー生まれの写真家、画家、版画家。1920年代以降、構成主義の手法を用いた作品を多く手掛ける。23~28年までバウハウス予備課程の教師、金属工房のマイスター。37年に米国へ亡命し、シカゴに「ニュー・バウハウス」を設立した。
ヴァシリー・カンディンスキー
Theaterwissenschaftliche Sammlung, Universität zu Köln, ©VG Bild-Kunst, Bonn 2009
抽象画の先駆者的存在
ヴァシリー・カンディンスキー

1866年、ロシア生まれの画家。1910年頃から抽象画の制作を開始した。当時としては画期 的なこの手法が、絵画の世界に新たな歴史を刻んだとして高い評価を受け、「抽象画の祖」の異名を持つことになった。22~33年までバウハウスの壁画マイスターを務めた。
パウル・クレー
Zentrum Paul Klee, Bern, ©VG Bild-Kunst, Bonn 2009
音楽と美術で才能を発揮
パウル・クレー

1879年、スイス・ベルン近郊生まれの画家ヴァイオリニストとして活躍する一方、風刺画やガラス絵も制作。1910年代後半から、輪郭のみに単純化されたモチーフに鮮やかな色彩を載せた絵を描き始めた。21~31年までバウハウスの製本マイスターを務めた。
 
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