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So. 25. Aug. 2019

ブレスラウで活躍した、オットー・ミュラーの展覧会

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1919年は欧州の歴史において大きな転換点となった年です。第一次世界大戦が終結し、いくつもの小国が独立。欧州の勢力図が大きく変化するとともに、芸術においても新たな潮流が生まれました。

今年はその年からちょうど100年。ベルリンでは、バウハウスの創設100周年をはじめとして、関連の展覧会やイベントが数多く開催されます。その中から、今回はハンブルガーバーンホフ現代美術館で開催中のオットー・ミュラー(1874-1930)の展覧会をご紹介したいと思います。

オットー・ミュラーが自身を描いた「Selbstbildnis mit Pentagramm」
オットー・ミュラーが自身を描いた「Selbstbildnis mit Pentagramm」

この画家の名前は、今日一般的にはあまり知られていないかもしれません。シレジア地方(現在のポーランドからチェコにかけての地域)に生まれたミュラーは1907年ベルリンに移住した後、ドイツ表現主義のグループ「ブリュッケ」に属しました。第一次世界大戦に従軍した後の1919年、彼はブレスラウ(現在はポーランドのヴロツワフ)の国立美術工芸アカデミーの教授に招かれます。

今回の展覧会の正式名は「画家、メンター、魔術師―オットー・ミュラーとブレスラウでの彼のネットワーク」。その名の通り、ミュラーのブレスラウ時代に焦点が当てられます。1920年代から30年代初頭にかけて、ブレスラウのアカデミーは欧州でも最先端と言われるほど、創造的で自由な空気に満ちていました。当時ここで教鞭を取っていたのは、新即物主義のアレクサンダー・カーノルト、カルロ・メンゼ、バウハウスのオスカー・シュレンマー、ゲオルク・ムッヘなどそうそうたる面々。ミュラーは画家として名声を残したのみならず、ブレスラウの芸術家たちを結びつけ、そのネットワークの中で精神的な支柱といえる存在になるのです。

ゲオルク・ムッヘ作の「Das kleine Bild mit dem Gittermotiv」
ゲオルク・ムッヘ作の「Das kleine Bild mit dem Gittermotiv」

展示はミュラーの「ブリュッケ」時代から始まり、ワイマール共和国時代のブラスラウの精神風土に焦点が当てられます。1918年に創刊され、ドイツ語とポーランド語両方で書かれた進歩的な美術雑誌。当時ベルリンやフランクフルトに次ぐ規模を持っていたユダヤ人コミュニティー、さらにはミュラーの創造の源になった女性たちなど、多方面に及びます。

この展覧会の大きな意義の一つは、ベルリンとヴロツワフの共同研究の成果が盛り込まれ、ドイツ語とポーランド語の2カ国語表記を実現したことでしょう。2016年にヴロツワフが欧州文化都市になったのをきっかけに、ベルリンとの間に再び直通列車が走るようになりました。以前に比べて政治的緊張が高まっている両国間だけに、このような文化交流は貴重です。

オットー・ミュラー展は、3月3日まで開催。この機会に、20世紀の美術界に知られざる影響を及ぼしたミュラーの軌跡をたどってみるのはいかがでしょうか。

オットー・ミュラー展: www.smb.museum

 
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中村さん中村真人(なかむらまさと) 神奈川県横須賀市出身。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。現在はフリーのライター。著書に『ベルリンガイドブック』(ダイヤモンド社)など。
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