ハンブルク中央駅からSバーンで約20分、ベルゲドルフ駅で下車。そこからノイエンガメ強制収容所記念館方面行きのバスに乗ります。バスは、街中を過ぎると間もなく農家や牧場がある田舎道に入りました。のどかな田園風景の中をバスに揺られていると、今、私がどこに行こうとしているのか忘れてしまいそうになってしまいます。それほど、この風景は美しく平和に満ちている……そんな思いをめぐらせていると、左手に兵舎のような建物や、その前に敷き詰められたがれきが広がる景色が見えてきました。
かつての収容者の宿舎は展示場になっています
ノイエンガメ強制収容所は、第二次世界大戦中のドイツ国内最大規模の収容所でした。約10万人以上が収容され、強制労働を課せられたといいます。その多くはユダヤ人と、戦争相手国の捕虜などでした。そして、証明できるだけでも約4万3000人が命を落としたのです。収容者は、過酷な労働と劣悪な環境のなか、飢餓や虐待などで日常的に死への恐怖にさらされていました。そのすさまじい記録が、記念館のいくつかの屋内展示室で展示されています。
犠牲者の名前が記されている白い布
戦後、英国軍がこの地を占領すると、当初は難民の収容施設として使用。その後はナチの戦犯が収容されましたが、1948年にハンブルク市に返還されました。市は一部を残して多くの建物を解体し、刑務所として使用しました。しかし犠牲者の追悼など、残された家族たちへの配慮はなく、生き延びた人々や家族の強い働きかけによって、1953年に初めて追悼碑が設置されたのでした。さらに1965年にはレリーフ、追悼の壁、警鐘碑が建てられ、1995年には「追悼の家」ができました。壁に張りめぐらされた白い布には、2万3395名の名前が亡くなった日付順に記されています。2006年に刑務所が閉鎖されてしばらくしてから、この敷地が収容所跡としての記念館になりました。
警鐘碑と「倒れた収容者」の彫刻
バスをKZ-Gedenkstätte (Ausstellung)駅で下車すると、すぐ正面に入口があります。入口の右手にあるサービスポイントが、無料ツアーの集合場所です。このツアーは毎週日曜日、教会のボランティアの方によって実施されています。その日、私以外にはドイツ人のファミリーが2組いて、10代の子どもたちも参加していました。ガイドさんが淡々と語る非常にリアルな当時の話は、時に耳を覆いたくなるほどでしたが、みんな真剣な表情で耳を傾けていました。ツアーは1時間半ほどですが、展示場や追悼の家をしっかり見て回るなら、4時間以上は必要だと感じました。
今年で、第二次世界大戦の終戦から80周年。ドイツ国内外で追悼式典が行われ、さまざまな追悼番組が報道され、人々に語り継ぐことの大切さを強調しています。この記念館も、「無かったことにはできない事実」を証していく重要な使命を持っていると強く感じました。帰りのバスの中、犠牲者の声なき叫びを感じながら、のどかな田園風景を眺めていたのでした。
ハンブルグ郊外のヴェーデル市在住。ドイツ在住38年。現地幼稚園で保育士として働いている。好きなことは、カリグラフィー、お散歩、ケーキ作り、映画鑑賞。定年に向けて、第二の人生を模索中。