7月6日から、第50回ハンブルク・バレエ週間が始まりました。ハンブルク・バレエ団の今年度シーズンを締めくくるハイライトでもあるシーズン最後の2週間、同団の代表的な作品をはじめ、ハンブルク・バレエ学校の公演、他国の有名バレエ団の招待公演などが日替わりで上演される、まさにバレエの祭典です。
切ない思いを込めて王子を抱きしめる人魚姫
今年のバレエ週間のオ-プニングを飾ったのは、ハンブルク・バレエ団で50年以上にわたり、総監督を務めたジョン・ノイマイヤーの作品「人魚姫」でした。「人魚姫」は2005年、デンマ-クの詩人・童話作家のアンデルセン生誕200年記念祭のために作られ、デンマ-ク王立バレエ団がその初演を務めました。
「人魚姫」は、アンデルセンの自伝的な人生を描いているという一説もあります。実は親友エドワードに恋をしていたアンデルセン。しかし、その友人は結婚してしまいました。全く違う世界に住む人間に恋してしまう人魚姫に、彼自身を重ね合わせたのではないかといわれています。そのためノイマイヤーの「人魚姫」では、失恋の悲しみに暮れる詩人としてアンデルセン役の人物が登場し、劇の中で人魚姫を絶えず見守り寄り添っています。人間の王子に恋した人魚姫は、海の魔王に人間の足をもらい、人間の世界へ。しかし、その恋は実らず王子はほかの女性と結婚してしまうのです。
王子を殺せと人魚姫を誘う海の魔王
今回、本番前日のリハ-サルを観に行ってきました。今までも何度かノイマイヤーの作品を観たことがありましたが、いつもその舞台美術に感動させられます。ゆらゆらと泳ぐ人魚たちの住む海底の世界は、神秘的な深い青一色。観る人々をどんどんファンタジーの世界に引き込んで行きます。そして人間の世界は俗っぽく、ピンク色の衣装や原色を使った真逆の世界で、この二つの世界のコントラストが上手く描かれていました。歌舞伎役者のような海の魔王のメイクをはじめ、まるで文楽の人形を操る黒子のように黒装束のダンサーたちが人魚を泳がせたり、人魚たちのくねくねした尾ひれは歌舞伎の長袴のようだったりと、所々に日本的な要素が取り入れられていました。
主役の人魚姫を演じたのは中国出身のシュエ・リン。王子への報われぬ愛を悲しく表現した踊りはとても印象的でした。人間の足になじめない痛々しい、時にグロテスクな動きは、心に刺さりました。そしてロシアの作曲家レーラ・アウエルバッハの鬱々とした音楽が、さらに緊張感を加えてバレエを盛り上げていくのでした。
人魚姫を舞うシュエ・リン(写真:ⒸKiran West)
今年、ノイマイヤーの後継者であるデミス・ヴォルピが、契約期間前にバレエ団を去ることになり、予定されていた彼の作品が急きょ、この「人魚姫」に差し替えになりました。ハンブルク・バレエ団を世に知らしめたノイマイヤーの存在はやはり大きいので、後継者を見つけるのは難しいのかもしれません。早く良い人が見つかって、これからも素晴らしいバレエを見せてほしいと願います。
ハンブルグ郊外のヴェーデル市在住。ドイツ在住38年。現地幼稚園で保育士として働いている。好きなことは、カリグラフィー、お散歩、ケーキ作り、映画鑑賞。定年に向けて、第二の人生を模索中。