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集団的自衛権とドイツ

日本では今、集団的自衛権をめぐり激しい議論が行われている。もし安倍政権の主張が通れば、日本が戦後約70年にわたって貫いてきた大きな原則が変更されることになる。

憲法解釈を変更へ

集団的自衛権とは、同盟に属するほかの国が攻撃された場合、自国が攻撃されたことと同等にみなして、他国を防衛するために戦う権利である。

例えば、ドイツが加盟している北大西洋条約機構(NATO)は、典型的な集団的自衛組織だ。もしポーランドが外国から攻撃された場合、ドイツはほかのNATO加盟国とともに、ポーランドを防衛するために戦う義務を負う。その代わり、ドイツが他国に攻撃された場合は他国の防衛援助を受けられる。

国連憲章の第51条は、個別自衛権だけではなく、集団自衛権も認めている。これまで日本の歴代政権は、「日本には集団自衛権があるが、憲法の制約のために行使できない」と解釈してきた。ところが安倍政権は、「国際情勢の変化に伴い、集団的自衛権を行使できるように憲法上の解釈を変更する」方針を打ち出している。安倍政権は集団的自衛権を行使する状況の具体的な例として次の2つを挙げている。

・公海を航行中の米軍の艦艇が他国から攻撃を受けた場合、併走していた自衛隊の艦艇が反撃する。
・米国に向かうかもしれない弾道ミサイルが飛んできたときは、自衛隊がこれを撃墜する。

安倍首相の私的な諮問機関である「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」は、5月末までに報告書を首相に提出し、政府はこれを受けて6月22日の国会閉会までに憲法解釈の変更を決める予定だ。

安倍首相とラスムセンNATO事務総長
5月6日、ブリュッセルにあるNATO本部を訪れた安倍首相、ラスムセンNATO事務総長と

背景にアジアの緊張激化

端的に言えば、これまで自衛隊は米軍とともに戦うことはできなかったが、今回の憲法解釈の変更によって、初めて米軍と共同で外国軍と戦えるようになるということだ。

ただし、自衛隊の戦闘行動にどのような制約を加えるかについては様々な論議がある。例えば、自衛隊が戦える地域を国内もしくは周辺地域に限定するのか、それとも、アフガニスタンやイラクのような遠隔地まで含めるのかについては結論が出ていない。

背景にあるのは、東アジアでの緊張の高まりだ。日本は中国・韓国との間で、島の領有権をめぐるトラブルを抱えている。中国は核保有国である上、軍事予算を増やして装備の近代化を進めている。さらに、核爆弾を保有する北朝鮮は、弾道ミサイルの発射実験などの挑発行為を繰り返している。

地理的にNATO同盟国の中に身を埋めているドイツとは異なり、日本には周辺に同盟国がない。日本は米国との間で日米安全保障条約を結んでいるが、これは世界でも珍しい片務条約だ。つまり、日本が攻撃された場合に米国は日本のために戦う義務を負うが、日本は米国が攻撃されても、米国のために戦うことはできない。平和憲法(日本国憲法第9条)の制約があるからである。つまり日本は今、憲法の解釈をめぐって戦後最大の節目に立っているのだ。

米国の力の弱まり

集団的自衛権をめぐる議論のもう1つの背景は、米国の国力が弱まって「世界の警察官」の役割を果たせなくなったことだ。米国は2001年の9・11事件以後、アフガニスタンとイラクで戦争を行って多数の犠牲者を出し、巨額の戦費を支出してきた。米国政府は財政赤字や公的債務を減らすために、国防予算の増加に歯止めを掛けなければならない。このため、世界各地のあらゆる局地紛争に「火消し役」として馳せ参じることは、もはやできない。

そこで米国は、同盟国に軍事貢献を増やすように要求している。安倍政権が自衛隊の米軍との共同作戦を可能にしようとしている背景には、米国からの圧力もあるだろう。

ドイツの経験

私は24年前から、欧州の安全保障問題について取材、執筆を続けてきたが、日本での議論の中で1つ欠けているものを感じる。それは、自衛隊が米軍と肩を並べて戦うことについて、我々日本人に相応の覚悟ができているのかということだ。

死傷者のない戦争はない。ドイツはNATOの一員として、2002年からアフガニスタンに軍を派遣し、タリバンと戦ってきた。アフガニスタンには常時約5000人のドイツ軍将兵が駐屯し、これまでに55人が棺に納められて故国に帰還した。

1999年のコソボ紛争で、ドイツ連邦軍はNATOのセルビア空爆に参加。空爆の約90%は米軍が行ったが、ドイツも初めて電子偵察任務などを担当した。当時の政権党は社会民主党(SPD)と緑の党だったが、特に平和主義を重視する緑の党にとっては、参戦の苦悩は大きかった。ある意味、緑の党は志を曲げた。

国際情勢の変化に合わせて、法律を改正することはやむを得ない。ドイツは50回以上憲法を改正してきた。だが、今の日本での議論は、憲法や国際法に焦点が絞られている。我々は、これから自衛隊員を戦地へ送ろうとしている。そしてそのうちの何人かは、亡骸として日本に帰ってくることになるかもしれない。我々日本人はこのことについて十分な覚悟ができているのか、議論する必要があると思う。

16 Mai 2014 Nr.978

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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