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あれから12年 原発事故を伝える写真展

3月、スノードロップが咲く庭先に、大粒の雪が舞っています。春の気配が漂いながらもまだ寒さも残るこの季節、僕はある学校の校庭を思い出します。その福島の小学校を訪れたのは、2011年のことでした。汚染された表土が削り取られ、同じ校庭内に掘られた穴へ埋め立てられると聞いて驚きました。震災から12年、子どもたちが遊ぶ校庭を想像しながら、報道写真家である樋口健二さんの写真展「FUKUSHIMA」を観に行きました。

樋口さんの写真作品樋口さんの写真作品

会場は、ブランシュヴァイクの南東にある街シェッペンシュテット(Schöppenstedt)の市役所です。樋口健二さんは、これまでに戦時中の毒ガス製造、産業公害、原発棄民など、闇に葬られてきた歴史にレンズを向けてきました。原発問題には1973年から取り組んでいるといいます。そんな樋口さんのカメラに切り取られた瞬間は、時と共に重みを増していくよう。役所の廊下には、原子力発電所のバルブ、被ばく線量が改ざんされた手帳、放射線障害に苦しむ家族の写真が並びます。マスクと作業着に全身を包んだ若者が、現在どのような人生を送っているのか。終わりの見えない廃炉作業に取り組む、福島原発で働く人々の日々を突きつけられている気がしました。

福島県南相馬市の小学校福島県南相馬市の小学校

会場には日本から訪問者もいました。震災当時13歳だった高木吏花さんと、エネルギー政策の専門家である吉田明子(国際環境NGO FoE Japan)です。彼女らはニーダーザクセン州、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州の学校などを巡り、福島原発事故についての講演をするといいます。福島原発事故後、いったんは全ての原発が停止した日本。現在は再稼働が進められ、原発の運転期間を延長する方針が固められました。一方のドイツは「脱原発」を2022年末から23年4月へ先送りに。彼女たちが講演を行うなかで、エネルギー政策についてドイツの学生とどのような議論が交わされるのか、とても気になります。

写真展を訪れる人々写真展を訪れる人々

シェッペンシュテットは自然豊かな地域にありますが、近郊の地下には放射性廃棄物が貯蔵されており、住民は放射能汚染の不安と隣り合わせで暮らしています。僕は12年前、福島原発事故の影響を危惧して、ドイツへの移住を決めました。当時は移住先の近くに放射性廃棄物の貯蔵施設があるとはみじんも考えていませんでした。1年以上戦争が続いているウクライナにも稼働中の原発があり、知ること、考えることの大切さが問われています。

樋口健二さんは、写真展にこのような言葉を残していました。「報道とは、権力のためにあらず。必ずその時の弱者に寄り添い、権力に迎合せず、事実に基づいて真実を追求することである」。写真展は3月30日(木)まで。

国本 隆史(くにもと・たかし)
神戸のコミュニティメディアで働いた後、2012年ドイツへ移住。現在ブラウンシュバイクで、ドキュメンタリーを中心に映像制作。作品に「ヒバクシャとボクの旅」「なぜ僕がドイツ語を学ぶのか」など。三児の父。
takashikunimoto.net
 
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